short

□白百合の朝露
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※四月馬鹿企画


ゆったりとした時が流れる昼下がり。
オレンジ色の日差しが差し込む窓の外からは部活動に勤しむ運動部の生徒達の声が、遠くの教室からは吹奏楽部の練習する音色が聞こえる。
そんな今現在、私は何故この様な事になっているのだろうか。

紅茶を入れようと準備している所を突然お姫様抱っこされ、ソファに運ばれたかと思ったら“彼”の枕になっていた。そう、私の膝の上で涼しい顔で本を読むこの学校の“プリンス”と呼ばれる生徒によって。
この部屋も彼の為だけに存在する特別優遇生徒。そしてこの漫画の“王子様”であり“悪役”である。

「その髪型もメイクも良く似合ってる」

ピエールはふんわりとカールした長い髪をすくい上げて「薔薇の匂い」と呟き、口付けをする。


数週間前、普段と変わりなく帰宅し疲れ果てて眠りに着いたはずなのに、目が覚めたらこの漫画のお嬢様キャラ“百合香”に転生していた。恐らく“私自身”は日頃のハードワークが祟って過労死したのだろう。
私が常日頃から転生作品を漁ってたからこの状況を直ぐに理解出来たから良いものの、普通の人だったら絶対この状況理解出来ないと思うのだが。と言うか本当にこんな現象が実在した事に驚きだ。そして何故この作品、どうして“百合香”なのだ。ショコラやバニラとまでは言わないから魔界のキャラに転生したかった。作品の醍醐味、魔法使いたかった。
まあでも、“元の私”は死んでしまったけど、辛い仕事からも解放されたし、神様がくれたボーナスステージだと思って楽しまない手はない。それに私の第二の人生を百合香にした慈悲深い神様は、他の人間キャラとは違って魔法やハートは見えるようにしてくれたらしい事に最近気づいた。

せっかくお嬢様に転生出来た訳だし、パァーっとお金を使って贅沢三昧して、転生勢の特権使って新しいビジネスでも始めて、いざこざに関わらず高みの見物といこうじゃないか。と思っていたのだが、自意識過剰とかではなく何故か気づいた時からピエールに執着されている。
まあ、元々百合香はメンバーズのリーダー的なポジションではあったが、執着するなら主人公であるショコラなはずだ。この作品の一ファンとしてもそうでなければならない。


それより誰かが来る前に早く降りてくれ。私はノアール増産機じゃないんだ。

私よりも遥かにサラサラなプラチナブロンドの髪に長い睫毛、澄んだ青い瞳、国宝級に顔は良いのにな。壁に耳あり障子に目あり、ピエール推しの子に聞かれたら間違いなく殴られるから言えないが。そう言えば百合香もピエール好きだったよな、すまん。

「そんなに見つめられると照れるな」
「……あ、いや、そんなつもりは…」

やべぇ、イケメン過ぎて顔面ガン見し過ぎた。「目の保養してたんです」なんて言えるか。てか、はよ降りろ。

「………え?」

太腿から頭が離れた為、やっと解放されたと思った途端、覆い被さる形でソファーに押し倒される。
顎に手を添えられ冷えた親指が私の唇をなぞる。

「今朝は彼らと何を話していたんだい?」

そうゆったりと囁く唇は言葉を連ねる度に耳元を掠る。
僅かに上がるトーン、間違いなく意図的にやっている。全くこれだから王子は。ませてやがるぜ。

彼は多分、今朝校門前で会ったロビンとグラシエの事を言っているのだろう。
水族館デートにも行ってないのに、ロビンだけならまだしもグラシエまで何故ここにいるのだと私自身も動揺した。こっそり通り過ぎようと思ったのに、タイミング良くロビンがハンカチを落とすものだからどうなる事かと思ったが、お礼を言われただけで、特にこれといったことは無かった。転生の代償的な事が降り掛かってくるかもと身構えていたから心からほっとした。
それにしても生でしかも並びで見る彼らの破壊力よ。もう二度と会えないかもしれない訳だし、サイン貰えば良かったと少し後悔しているまである。
顔良いし金持ってそうだし結婚して欲しい、なんて。

「落ちたハンカチを渡しただけで、特に何もありませんでしたわ」
「へぇ…本当かな……」
「嘘をついて私にも貴方にも何の得があるのです?」
「惚れてるように見えたけど」

そりゃ、あの顔面とイケボで微笑まれたらそうなるわ。私だって焦って校門過ぎてからハート出てないか何度も確認したわ。それよりも一緒に登校している訳でも無いのにどこから見ていたのだろうか。「ストーカーかよ!」と喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。

「ご冗談がお上手ね」

そう言うと百合香はピエールの体を強く押す。ソファーに座り直し、見下げる形で彼を横目に見て脚を組んだ。
それにしり込みもしない彼の手の甲は私の頬に触れる。

「そういえば言うの忘れてたけど、初等部の子と今度デートする事になったんだ。覚えてるだろ、この前言った加藤ショコラ」
「素敵じゃないですか!加藤さん明るくてお日様の様な可愛らしい子ですよね。では、その日は部員達に私から上手くお伝えしておきますね」

残念、元から全ての登場人物の性格もパートナーも結末までのストーリーも知ってるし、自分の立ち位置は十分に理解しているから嫉妬はしない。それに私、結構頑固なの。
自分自身の意地とプライドで常にハートを一瞬出るピス状態で耐えてる自分を褒め讃えたい。

某魔法小説で言っても私は所詮スクイブ、魔法の使えない人間が魔界の問題に首を突っ込む余地は無いと思っていた。でも、この学園生活でのちょっとした出来事で今後の展開が変わるとしたら……。
もしかしたら、私が今後上手くやればオグルの女王が誕生しないで済むかもしれない。

その為にもピエール、お前に私のハートはやらん。


百合香はピエールに背を向け乱れた髪と制服を正し、ティーポットにお湯を入れ直す。
そして数分後に来たメンバー達の為に紅茶を人数分テーブルに並べた。

皆が席に着いてピエールとの談笑を楽しむ中、百合香はついさっき気づいた首元の“コレ”をどうしてくれようかと頭を悩ませた。

「やられた…」

おいおい、いい度胸してるじゃねぇか。
皆に見つかる前に慌てて隠したが、全く気づかなかった。いつの間に“キスマーク”をつけたんだ。しかも目立つ首元に。
あいつめぇ…許さん。

「本当に可愛いな、“君”は」
「……プリンス?」
「それは……誰に仰ったの?」
「いや………ただの独り言だよ」

自然と口に出ていたかの様に驚く素振りを見せ、しばらくの間の後にピエールは静かに呟いた。


fin.

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