妖変化
□的場家との因縁
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その日以降、千景は人が変わったかのように蔵の書物を読み漁った。
目的の本が見つかったのは、その日から四日が経過した日だった。
「っ、あった、これだ」
影霧が用意した灯りで本に書かれている内容を呼んだ千景は、急いで呪詛返しに取り掛かった。
『主、何かあったのか?』
影霧が書物の棚の陰から顔を出した。
「あぁ。見てくれ。少し字がかすんでいるが……。呪詛返しの方法が書かれているんだ。これを行えばきっと、咲良は助かる」
千景の瞳には光が入っていた。
咲良の部屋に行くと、結界を張っている蓮池と雹霞、そして結界の中にいる咲良が眠っていた。
四日前よりも顔色は悪くなり、一向に目を覚ます兆しがない。
「咲良……今、助けてやるからな」
千景はそういうと呪詛返しの準備に取り掛かった。
『……主、呪詛返しをする気か?失敗したら、全て咲良と貴殿に返ってくるんだぞ?』
準備の道具を見た蓮池は淡々と言った。
「――それでも」
千景の瞳に迷いはなかった。
「俺は、咲良を救う」
蓮池は千景の顔を見ると息を吐き、雹霞に目配せをした。
雹霞はその目配せに気づき、首を縦に振る。
「――準備は整った。蓮池、雹霞――結界を解け!!」
『『御意!!』』
千景の合図で二匹の妖は一気に結界を解く。
結界の周りで渦巻いていた呪詛が咲良の身体に入り込もうとする。
千景は呪文を唱え、柏手を二回打つと、札を何枚か取り出し、咲良に向かって投げた。
札は咲良の前まで行くと、ピタリと動くのをやめ、呪詛を跳ね返した。
「影霧!!」
影霧は咲良と千景、蓮池や雹霞、そして自分に結界を張る。
四散した呪詛がこの場にいる全員にかからぬように結界を張ったのだ。
四散した呪詛は空中を渦巻いていたが、やがて遠くかなたの方向に飛んで行った。
「……終わった」
千景がポツリと呟くと影霧は結界を解いた。
『これで奥方が目を覚ませば全てが終わるのだがな』
雹霞はそういい咲良の方を見た。
瞬間、咲良の瞳が微かに動いた。
「んっ……」
咲良の瞳がゆっくりと開き、周りを見渡す。
「……ち、かげ……?」
「咲良!!」
千景は咲良が自分の名を呼んだ瞬間、咲良のところに駆け寄り、咲良を抱き寄せた。
「千景……?どうしたのです、何故泣いているのですか!?」
咲良は訳が分からず、泣いている千景の頬を撫でた。
「よかった……本当に良かった……。生きていて……。もし死んだら、俺は……」
「何を縁起でもないことを言っているのですか。私はここに居ますし、死んでもいません。勝手に殺さないでください」
妖三匹は顔を見合わせながら、微笑みあった。
酒見家の夫婦の呪詛事件は、これで終わったのだった。
誰もが、そう思っていた。
酒見家から遠く離れた森の奥に、ある屋敷が建っていた。
そこにいた人物は、自分が掛けていた呪詛が跳ね返されたことに気づくと、自身の式神を出し、呪詛返しの対象にさせた。
「……やはり、呪詛ごときでは駄目か……」
人物はそういうと、呪詛返しの対象になり、死骸となった妖を冷徹な目で見ると、言った。
「――次は何を壊しにかかろうか」
蓮池は雹霞と影霧を集め、縁側で話をしていた。
『どうした、蓮池。浮かれん顔をしているぞ』
『そうだぞ蓮池。それに、何故呼び出した?何か分かったのか?』
雹霞の質問に蓮池は暗い顔を上げた。
『雹霞、影霧……あれは……あの呪詛は、どう考えても
――的場家の呪詛に似ている』
その言葉に驚く二匹。
『待て、蓮池。いくら何でも、憶測過ぎるぞ』
影霧が驚いた顔で言った。
『我とて信じがたいと思っておる!!だがしかし、あの呪詛の気配、どう考えても的場家のものに似すぎている!!』
『……もし、蓮池の推測が正しいとしたら』
二人の間に雹霞が入った。
『もし、その推測が正しく、奥方に呪詛をかけたのが的場家の人間の誰かだとしたら、これは我らに対する宣戦布告、及び酒見家との争いを意味しているぞ』
『……もし、それが本当だとしたら……、どうする気ですか、蓮池』
雹霞と影霧は蓮池を見つめた。
『そんなもの、決まっているだろう。
――全てを断ち切るまでだ』
蓮池の瞳は先代と契約する以前の蓮池の瞳と似ていた。
龍のように鋭い目つき。
そして微量であるが、溢れ出す妖気は殺気を纏わせていた。
『――そうこないと、な』
『望むところだ。我と雹霞、蓮池で酒見家を守るんだ』
三匹の妖は、静かに決意を露わにした。