BLEACH

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「ルキ、ア…?!」
「大丈夫か、一護!」

刀を鞘に納めながら駆け寄ってくるルキアはいつもと違い、少し大人びて見えた。
元より俺の方が随分と年下なわけだが、今はそんな事を気にしている余裕もない。

「く、そ…っ、」
「一護…」

小さく呼ばれた名前に答えようと前を向いた瞬間、ガシャアッと言う薄く重い音が耳に届いた。
それは明らかに氷の砕ける音で、水で薄れた血の匂いも風に乗って俺の鈍った鼻に届く。

「…ナメんじゃねぇぞ死神ィ」

少し遅れて、響く声。そしてそいつはルキアの顔面を横から掴み、虚閃を打つ様に力を込めた。
視界の端には自分の虚閃で氷を溶かした音羽が、耳を塞いで絶望的な顔をしていた。
嗚呼、そうか。音羽はやっぱり向こうに行っても仲間が大切なんだ。裏切った訳じゃない。

「ルキアッ!!」
『……ッ!』
「く…っ、くそっ…!!」

腕に刺さったままの刀を無理矢理引き抜いてでも助けなければと足に力を入れた瞬間、ルキアを掴む手に向かって何かが飛んできた。
そしてその音はグリムジョーの腕に当たり、その手はルキアの顔から弾き飛ばされた。
その音に気が付いたのか、ハッとしたように音羽が俯いていた顔を上げた。
俺も違和感を覚え、ルキアを救ってくれた事に感謝しながらも敵で無い事を祈りながら上を向く。

「やれやれ…死神の戦いに首突っ込むんは嫌やねん、けど…しゃアない」
『―――――――ッッ!!!』
「平子…!」

高い屋根の上に立っていたのは平子で、俺は内心安堵した。平子は強い、大丈夫だ。どういう形にせよきっと破面は去っていく。
けれど俺の安堵とは反対に、音羽は平子の姿をその目に見止めると、またも絶望的な表情を浮かべて後退りし始めた。

『あ…、ぁ…あ…、』
「…?音羽、どうか…」

音羽の様子がおかしいと気が付いたのか、グリムジョーが音羽へ一歩近づいた。それと同時に響く大声。

「一護ォ!!」
「?!」
「もう少しこいつの相手してやり、オレは…」

平子の言葉に若干耳を疑いながらも、そのまま視線を追ってなんとなくだが理解した。きっと平子は音羽と話をしたがってる。
前々から気づいてはいたが、平子は音羽と面識があるらしい。もしかしたら二人が話す事によって音羽は戻って来てくれるかもしれない。

「分かった…けど、長くは持たねぇぞ!!」
「十分や」

俺と平子は同時に飛び出し、俺はグリムジョーに、平子は音羽の元に一歩で辿り着いた。
突然目の前に来た平子に音羽は逃げようと剣を構えるが、もう遅い。
既に平子に捕らわれている。きっと音羽は動けない。

「逃がすわけあるか、何しとんねん」
『っ…ひ、らこ…隊長…』

音羽のか細い声が、風の音に紛れて聞こえなくなった。

*

「音羽、久しぶり…いや、その姿じゃ初めましてやな」
『…な、んで…』
「…勘違いはしたらアカンで、音羽」
『え…、』
「オレは別に怒っとるんとちゃう」

背中には先程グリムジョーが吹き飛ばした大きな岩、目の前には平子隊長が私を逃がさな
いようにと立ちはだかっている。
怖い、何を言われるのか嫌でもマイナスな方向へ考えが向かってしまう。それは当然だ、私はみんなを裏切ったんだから。
それでも平子隊長は怒っていないなんて、馬鹿げた事を言っている。何を言っているのか、分からなかった。

「音羽が決めたんやろ、行かなきゃアカンかったんやろ」
『…あ、』
「そいつが正しかったかは知らん、けどなァ、音羽」

私の無駄な思考を断ち切るように、顔の横へ斬魄刀が付きつけられる。ガンッという鈍い音が岩肌に食い込む刀を想像させた。
そこから私の視界全てを覆うように顔を近づけられて、思わず抜き切れなかった斬魄刀の鞘を握りしめた。
じっと目を見つめるなんて事出来なくて、震える声を何とか絞り出しながら懸命に目を逸らし続けた。

「オレは音羽の決めた道、間違ってるとは思わんで」
『そん、なの…嘘、です…』
「嘘やないわ、アホ」
『だって…私は、皆を…恋次を…ッ!裏切った…!』
「………音羽、」
『それなのに間違ってないなんて…言わないで…、ください…』

「音羽」

呆れた様にアホ、と言われても言葉を止める事は出来なくて、掴み掛りそうになるのを必死に堪えてただ叫んだ。
私の言葉を聞いても平子隊長の目が揺らぐことは無くて、逸らさせないと言われるように強い目に射抜かれて、名前を呼ばれる。

「責めへんで。叱られるのはその辺の死神にやってもらいや」
『何言っ…』
「オレは、」
『っ…』
「音羽の事信じとんねん、あの日から」
『あの、日…から…、』

信じてる、平子隊長の言う言葉には何かの重みが確かにあって、平子隊長に初めて会ったあの日を記憶から呼び起こす。
正確には呼び起こそうとした、でも平子隊長の後ろにかかる陰の低い声に、その思考全てを遮られてしまった。

「離れろ」
「!!」

途端に平子隊長は岩から斬魄刀を抜いて飛び退いた。平子隊長が目の前からいなくなった瞬間、体の力が抜けて行くのが自然と分かった。
ドクドクと五月蠅い心臓を抑えつけて、何とか深呼吸で心を落ち着かせる。もう駄目だ、揺らいでは駄目なのだ。私はもう。

「ええ所で来るんやな…」
「音羽に近づいてんじゃ…ねェッ!!!」
「ったく…血の気の多い奴やな…」
「済まんなぁ破面。アンタ強そうやから」
「!!!?」
『グリムジョー!駄目…その人は…っ!!』

「加減は無しや」

平子隊長の何かを含んだ言葉に気づきグリムジョーに向かって声を上げたのも、彼の耳に追いついたかどうか分からなかった。
ただ煙の中から現れたグリムジョーがボロボロで、白い服が血で染まっている事に気がついたらもう身が裂かれる様に痛かった。

「…っくそ!!」
『グリムジョー!』
「動くな!!」
『!!』
「来んじゃねぇよ、…邪魔だろうが」

「…大した奴やなぁ、音羽?」

『ッ!!』
「うるせぇよ…そいつに話しかけんじゃねぇ!…軋れ!!」
『!?…まっ、』

もう自分自身でも何が起こっているのか全く分からなかった。ただグリムジョーに駆け寄ろうとしたら身が凍る程睨まれて止められて、おまけにあの言葉だ。
平子隊長は何かに気が付いたように声を上げたけどその意味は分からない。そんな事よりグリムジョーが刀剣解放しようとしていて、それは駄目だと止めようとした。
しかしグリムジョーを止めたのは私ではなく、同じ破面のあのウルキオラだった。

「ウル…、キオラ…!!」
『ウルキオラ…、』
「任務完了だ、行くぞ。…来い、音羽」
『…あ、うん、』

思わず座り込んだ私に手を差し出すウルキオラは見た目こそ怖いけれど、それだけ見れば悪い奴には見えなかった。
だからただその手を取って、平子隊長の視線に振り向く事もせず、私はグリムジョーと共に虚圏へと帰った。
この後に起こる事なんて、何も考えないまま、私はただ目の前の背中をじっと見つめていた。


きっと、世界は今も廻ってる
私にはそれが何か全く見えていないけれど

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