BLEACH

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「ようこそ、我等の城「虚夜宮」へ」

ピアノ線を張ったような細く冷たい緊張感が漂う中に、凛とした声が響いて耳まで届いて来た。
ゆっくりとその場へ足を踏み入れ、まさに王座に座る藍染を見つめる。私自身を囲むように立っている破面を見渡して、気が付いた。後ろの方に立っている…確か、グリムジョーさんの後ろに隠れるようにして花ノ宮さんがいた。いや、訂正した方が良いだろうか。端から見ればきっと花ノ宮さんが場の空気に押されて隠れているように見えるだろうが、私には彼女の目の前に立つ破面の彼が藍染から彼女のその身を隠しているようにも見えた。
後で話せると良いな、なんて呑気な事を考えていると妙に感じる視線に目を前へと向ける。やはり王座に座る彼を見つめるのは苦手だ。黙り込んで見つめていると、彼は私に力を見せてくれと拒絶すら許さないと感じさせるように言って来た。どうやって見せるのかと悩んだのも一瞬の内で、左腕の無いグリムジョーの腕を直してやってくれと藍染は言った。その言葉をしっかりと聞いたのか、目を向ければグリムジョーは私から目を離して花ノ宮さんを自分から離れさせていた。ここで確信した。やはり彼は藍染から、そしてここにいる全ての者から彼女を守っているのだと。
そこで疑問になるのはどうしてそこまでして危険な場所に花ノ宮さんを連れて来たのかと言う事で。疑問は増えるばかりだ。
騒ぎ立てる破面の声をなるべく聞かない様にして腕を直す事に集中する。一瞬盗み見た花ノ宮さんは本気で彼を心配する眼をしていて、ますます分からない。

『…本当に、』
「治った…!?回復とか…そんな、レベルじゃ…」

花ノ宮さんと破面の一人が、息を飲むのが聞こえる。安心したように小さく微笑んだ花ノ宮さんにそっと肩の力を抜く。これでいいのかと藍染を見ようを前を向うとした瞬間、女、と呼び返される。そして背中の傷も治せと言う彼には藍染とは違う断れない威圧感があって、黙って言われるままに傷を治した。
柱の傍でじっと様子を見守る花ノ宮さんは、どういう意味でこの傷を治させているのか分かっているようで顔を歪ませている。一体どういう事だろうと直した事を彼に伝えればもう一人のルピと呼ばれた破面に対して何か言ったと思えば心臓を貫くように腕を突き刺した。その状況に目を離せないでいると、彼は狂ったように笑い出し、笑いが抑えられないと言うように笑い続けた。
暫くしてグリムジョーの笑いが収まってから、部屋を出て行こうとする花ノ宮さんとグリムジョーに対して藍染が冷え切ったような声で言った。

「音羽は残れ、グリムジョーもここで待っているといい」

「…気を付けろ」
『大丈夫、だよ…』

私とウルキオラ、そしてグリムジョーと花ノ宮さん以外に居なくなった部屋に、彼の小さな声が耳に届いてきた。後に聞こえてきた花ノ宮さんの声はずっと前に聞いたように凛としていて、彼女は揺ぎ無い思いでこの場に立っているんだと何だか妙に安心した。
きっと大丈夫だろうと扉の傍に立つウルキオラの元へと歩いて隣に行くと、全く表情を動かさずに残って見ていろと言う。しかし藍染は出て行けと…言ってはいないが居てはいけない様な気がして顔を顰める。そんな私の感情に気が付いたのか、ウルキオラは咎められないから大丈夫だと遠回しに言ってきたのでここで断るのも、と思い黙ってウルキオラの隣に立つ。
前を見つめると先程よりも王座に近い位置にグリムジョーはいて、王座を見上げていた。その表情が怒りに歪んでいて、慌てて王座を見つめれば花ノ宮さんが何やら立ち上がった藍染に何かを囁かれていた。ここからでは声が全く聞こえないがきっとグリムジョーには聞こえているのだろう。怒りに震え、酷い顔をしている。
そのグリムジョーの表情を見た藍染がふっと笑うと、花ノ宮さんの肩を抱き寄せて舐め回すように体を見、撫でる様に体に触れていた。信じられないと目を見開いて震えている花ノ宮さんに、こちらも心が痛くなる。でもその状況を前に手を出せないグリムジョーもきっと引き裂かれるように辛いのだろうと、思う。
じっと目を逸らさない様にその状況を見つめていれば、ある程度接触して満足したのか花ノ宮さんを王座から下ろし、冷めた目で私達を一瞥して言い放った。

「グリムジョー、彼女を部屋に連れて行け」
「…行くぞ音羽」
『あ…、』

その言葉を聞くと、グリムジョーは戻った左腕を気にしながら、私達には目もくれずに花ノ宮さんの腕を引いて部屋を出て行ってしまった。
擦れ違った時に見た花ノ宮さんの顔はどうしようもない程に恐怖に絶望したような、何か恐ろしい物でも見たような顔をしていた。一体藍染に何を言われたのか、そう考える事も出来ずに私もウルキオラに連れられて部屋へと連れていかれたのだった。


*


グリムジョーに腕を引かれ、半ば無理矢理に部屋へと押し込まれる。前にもこんな事があったな、などと思う余裕なんて無い。先程藍染に言われた言葉と触れられた場所が気持ち悪い。小刻みに震える体を両腕で抱いても全く嫌悪感も震えも収まらない。藍染が言った言葉がじっとりと頭にこびり付いて離れて行かない。
部屋に入って数歩のところでじっと立ち止まって俯いていると、目の前に人の気配がしてゆっくりと顔を上げる。誰かと言ってもこの部屋にいるのは私とグリムジョーだけな訳で、少しだけ顔を顰めているグリムジョーに息を飲みながらもその姿にスッと心が落ち着くのを感じた。そう思ってしまうと緩んだ気持ちを引き締める事は出来なくて、迷惑がられると分かっていても震える手は彼の服を捕まえて縋ってしまう。

『怖い…どうしたらいいのか、分からない』
「音羽、」
『グリムジョー、お願い、助けて…っ』

こんな事をグリムジョーに言うのは間違ってる。助けてなんて言える立場じゃないけど、今すぐ誰かに縋らないと心が押し潰されて自分を見失いそうで怖い。こんな恐怖を感じたのは何時以来だろうか、自分が自分でなくなって行く様をじりじりと見せつけられているようだ。皴が寄るのも気にせずに、浅くなっていく呼吸を無視して必死にグリムジョーの服を掴む。息が苦しくて顔を見ていられない。俯いて、床に滴り落ちる水を見て自分が冷や汗をかいている事に気が付いた。全身の力も抜けてきて、本当にもう駄目だと薄っすらと感じた。
グリムジョーは一言も発していないしやっぱり迷惑だったかな、と朦朧とする意識で謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、私の体を支える様に腕が伸ばされる。
その腕の冷たさに体が跳ねたのも一瞬で、両腕で抱き締める様に支えられている事に気が付いた。慣れない手付きで背中をポンポンと叩いているのは呼吸を落ち着かせようとしてくれているのだと分かる。そのグリムジョーには似合わない拙い手つきと、密着した事で聞こえて来た心臓の音に安心して、今度は涙が溢れて来た。泣き顔なんて見られたくないと必死にしがみ付いて声を上げずに泣いた。今だけは彼に弱さを見せるのが心地良いと思えたから。

『ごめん、ありがとうグリムジョー』
「…………」
『…グリムジョー?』

何となく確かめるように左手で頬を撫でられてくすぐったさに身を捩る。
どうかしたのかと目を見つめれば、一瞬笑った後に勢い良く頬を掴まれた。

「ハッ、すげぇ顔」
『うぐっ、』
「藍染なんかの言葉で揺らいでんじゃねぇよ」
『そ、んな事、言われても…』
「何も考えないで俺の横にいろ、それでいい」

何だか満足そうに笑っているグリムジョーに安心はするがどうかしたのかと疑問は残る。でも正直その言葉は凄く救われた。前にも一度言われてるはずなのに、横にいろと言われるだけでこれほど安心するとは。そう考えていると何だか無性に彼の存在自体に愛しさを感じて、頬に触れている左手に擦り寄るように手を重ねる。

『左腕…、』
「あ?」
『戻って、良かった…』
「ッ!!」

心の底から安心したと言えば一瞬鋭い目を丸く見開いてから少し目を逸らしてしまった。それでも怒っている訳ではないとは分かるから、そのままにして左手をきゅっと握る。相変わらず、冷たい手だなと思う。グリムジョーはいつまでも変わらないでいてくれるだろうか。それは私のただの願望だけれど。
暫くそうして私の体温を移すように頬を寄せていれば、静かに響くノックの音。そして聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえた。手を放し、グリムジョーを仰ぎ見れば奥で待っていろと目線で言われたので小走りで奥の部屋へと向かう。

来訪者は誰だろうか。




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