BLEACH

□序章
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『次の試験に受からないと…退、学…?』

どうやら私の頭は正常に機能しなくなっているようだ。
退学。ああ、そんな言葉、暫く聞いていなかったから。
彼に、恋次に会ってから、私は以前よりずっと穏やかに生活していた。
授業以外で恋次が傍にいてくれた事も関係してる。
私に対する視線は幾分か柔らかくなったから。

「そうだ。君を特別入学させたは良いが、波紋が大きくてね」
『それでは…私は…っ』
「一度だけだがチャンスはある。…君の力を証明してくれ」

力を証明するなんて、どうすればいいのだろう。
ずっと考えているのだ。この花をどうすればいいのか。
気づいたのは、コントロールすれば、花は体のどこからでも出てくるという事だけだった。
自分としては手が一番出しやすかったが。

「とにかく、…頑張りたまえ。」
『はい…ありがとう、ございます、』

きっと落ち込んでいる暇はない。
直ぐにでも考えて、練習をして、死神にとって有効であると証明しなければ。
でもやっぱりどうすればいいのか分からない。
部屋を出、長い廊下を歩きながら考える。

『どうしたら…ッ』
「音羽ー!」
『れ、恋次…』
「話、聞いたぜ。…大丈夫か?」

反対側の通路から飛び出してきた恋次が、心配そうに呟く。
恐らく誰かが既に噂をしていたのだろう。
心配はさせたくない。でも、どうしても頼りたいと思ってしまう。
そんな私の心を見透かしてるのか、恋次は背に隠すようにしていた少女を引き出した。

「音羽、こいつ紹介するぜ」
「恋次!離さんか馬鹿者が!」
『え、と…紹介、するって…?』
「ああ、お前の為にな。こいつ、鬼道だけはできるから。」
「な…っ、だけとは何事だ!!」

突然現れた黒髪の少女をじっと見つめる。
綺麗な、黒髪。言葉は少し荒いけど、何だか整っている子だ。
私がずっと二人を見続けていると、恋次がハッとしたように慌てて話し出した。

「ああ、悪い。こいつはルキアってんだ」
『ルキア、さん…?』
「音羽殿、話はお聞きしました。よろしくお願いします」
『あ、あの…っ!』
「はい?」
『その、ルキアさんも…もっと、恋次みたいに砕けた感じで…あの…』

あまりにも礼儀正しすぎる物言いに、逆に固まってしまう。
どもりながらもう少し柔らかくしてほしい、と言うと、どうやら分かってもらえたようで。

「分かった。よろしく頼むぞ、音羽」
『は、はい!!』

柔らかく微笑む彼女は、私の理想の女の子だった。
表情豊かな彼女は私の理想であり、そして、この時から既に嫉妬の対象であったのだ。
これは私の悪い癖だ。憧れや信頼と同時に、必ずその人の何かに嫉妬してしまう。
彼女は恋次と仲も良く、強く、綺麗で、嫉妬するには十分、なんて。

「じゃ、さっそく特訓と行くか!」
「そうだな、きっとどこかの部屋を貸してくれるだろう」
『……そう、だね。』
「音羽…どうか、したか?」
『ううん、大丈夫。早く行こう』
「まずは鬼道との合わせ技をやってみよう」
『うん…』

自分で自分が嫌になる。余計な事で心配させるのも、全部。
強くなりたい、だけなのに。ただこの花が少しでも好きになれればいいのだ。
恋次のお蔭で切り落としたいなどとは思わなくなったけれど。
鍛錬の間、ずっとその事に気が散って何もできなかった。

「まだ時間はある。ゆっくりやって行こう」
『ごめん…ありがとう、ルキア』
「無理、すんなよ」
『恋次も、ありがとう…じゃあね』
「ああ…。」

二人はきっと気づいてる。でも言わないでいてくれるのだ。
優し過ぎる。あの二人は私にとって優しすぎる。
私の為に花の事も、鬼道の打ち方も、全部一緒に考えてくれて。
そのくせ私は何も、何も…出来ないままだ。

『弱い、なぁ…。私…って』
「このままでいいのか?」
『ッ!?!』

外に出た途端頭上に響いたその声に、慌てて上を向く。
聞いた事の無い声だ。これは生徒の声の高さじゃない。

「おっと、声は出すんじゃねぇぞ」
『…誰、なの…?』
「その質問は、後で答えてやる」

明らかに重い空気を纏っている男に、恐怖を覚える。
一体こんなところに、どうしてこんな妙な人がいるのだろう。
その男は話しながら、ゆっくりと地面へ降り立った。
月明かりに照らされたその顔には―――仮面。

『っ!?虚…?!』
「あー、違うな、少し。あと構えるな…殺すぞ」
『ッ…!』

刀に手をかけた事でさらに上がった空気の重さ。
普通の人間ではない。普通の虚ではない。
質問にすら答えないこの男は一体誰なのか。

「…俺の質問に答えろ。お前…女、強くなりてぇか?」
『何を…』
「いいから答えろ。俺の気は長くねぇぞ」
『強く、なりたい、か…?』

唐突に投げかけられた質問に、身を固くする。
どうしてこの目の前の男がそんな質問をするかなんて、もう考えてはいなかった。
私が強くなりたいか、そんな答え、迷う訳ないじゃないか。
答えは二つに一つ、決まってる。

『…強く、なりたい…っ』
「…本心だろうな?」
『嘘をつく理由は…無い、けど』
「そうか…それなら誓え」
『え…っ、…!?』

恐怖に押し潰されそうな足を何とか立たせ、目を見開く。
突然胸倉を掴まれて、誓えとか、何を言っているのだろうか。
一体何に、何を誓えばいいのだろう。

「協力してやる、その代わり…」
『その代わり…?』
「お前は今日からずっと、俺達…いや、俺の物だ」
『……は?』

嫌に真剣な顔で言われて、掠れた声が出た。なんて情けない。
強くなる事に協力するから、俺のものになれと言う事だろうか。
というか、今一瞬だけ俺達と言わなかっただろうか。
正直に言って、意味が分からない。

「…納得してねぇ顔だな。」
『それは…その…、』

当たり前というか、何というか。

「まあいい、見てから決めろ」
『え?』

「見せてやるよ、俺達の虚閃をな。」

『…………ッッ!?』

虚閃、そう言ったのだろうか。そう呟いた瞬間、男の手から閃光が飛び出した。
今更だがこんな大きな音で、どうして誰も出て来ないのだろう。

「今の、お前もその手で似たような事、できるはずだ」
『でも…今の、は…、』
「深く考えるな。どうだ、教えてやるぜ?その花の利用法」
『!!どうして…その事を…!』
「どうして、だと思う?」

ニヤリと、不適な笑みを浮かべたかと思うと、瞬歩の様な物で一気に近づいてきた。
疑問の言葉しか浮かべられず、発せない私に男は静かに言った。

「…俺の手を取るか?女、」
『……っ、』

近づいてよく見ると、その男はやはり妙な出で立ちをしていた。
ああでも、もう分からない。その男の真剣な顔が嘘じゃないと信じようか。
強くなるために知らない怪しい男の手を取ろうか。
そう思えば、不思議と不安も恐怖も無くなった。

『私でも…強く、なれるの?』
「…ああ、それがお前の望みなら」

手を、取った。

酷く冷たい手を、握ってみた。

その手には感情も、何も乗っていなかった。

嗚呼、これが、強さというものか。

「俺の名前は×××××忘れるな」

「お前が強くなった時、迎えに来てやる」

手を振り解いて、男は去ってしまった。
冷たいほどに暖かい、妙な体温を私の手に、残したまま。

『空の…髪、』

目の裏に焼き付いた色は、私の記憶に塗り付けられた。


強さを求めて
(空を映した様な彼に、仮面の彼に)
(いつかまた、会えるだろうか)

何も知らないはずの私がこの手を使ったのは、数日後の事だった。

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