BLEACH

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『…恋次?』

一瞬、聞きなれた彼の声に呼ばれた気がした。
きっと気のせいだろうけど、状況が状況なだけに気にしてしまう。
先程遠目からだが見たのだ。双極が解放される瞬間を。
ルキアが、処刑されてしまう。恋次は助けに走っているのだろうか。
一護は、ルキアの為に空をかけているのだろうか。

『ごめん、ルキア…私、』

大切なのに、大事なのに、死んで欲しいなんて欠片も思ってないのに。
どうしてか足が固まって動かない。
馬鹿だと、思う。自分の無力さに腹が立つと、言ってしまえば簡単だけど。
そんなのは結局のところ、言い訳でしかないのだから。

頭が痛くなるような自身の思考に、そっと目を閉じた。
周りの霊圧に集中する。ただ気を紛らわしての行為だった。
余計な事を考えたくなくて、何かしようと霊圧を探っただけだった。

『え…?』

おかしい、そう思うしかなかった。どうしてと呟くはずの喉は枯れている。
あまりの事に思わず目を開ける。しかしそれでも探った霊圧の感覚は消えなかった。
基本的に集中しないと私は一人の霊圧が誰だか分からないのだ。
それなのに、こんなに思考が乱れていてもすぐ近くに霊圧を感じる。
そう、すぐ近くに。あるはずのない霊圧が。

「花ノ宮くん」

息が、止まるかと思った。

『あ、藍染…隊長…っ?』
「…ああ、そうだよ」
『何故…どうしてここ、に…』

冷や汗が喉を伝って行くのが分かる。
目の前の光景を、目の前に立つ人物の存在を疑った。
疑うしかないじゃないか。だって藍染隊長はしっかりとこの目で見た通り亡くなっていた。
それならこの目の前の人物は誰だというのか。

「花ノ宮くん、ここで話すのは少し状況が悪い。付いて来なさい」
『…罠の可能性は』
「疑うなんて酷いな、大丈夫…僕はこの通り生きているよ」

別に気にしてるのはそこじゃないのだけれど。
藍染隊長はそれだけ言うと歩き出してしまうし、付いて行くしか無いようだ。
腰に差した斬魄刀の存在を確認して、私は懐かしいその背中を追いかけた。

*
イヅル視点

音羽の目を、見つめ返す事が出来なかった。
横眼から視界に入った彼女の顔はとても悲しそうで、否定してくれと言われているようだった。
それもそうだろう。僕だって、音羽が来た時はどうしたらいいのか全く分からなかった。
あんな顔、もう二度と見たくないのに。
音羽には、いつもの様に笑っていてほしいのに。

「それを壊したのは…僕か、」

自分でも呆れるほどに、手も足も震えている。
これからやらなきゃいけない事は沢山あるのに。
僕が、やらなきゃいけないのに。

僕がやらなきゃいけないと言って、彼女の笑顔を壊して、それでも笑っていて欲しいだなんて。
なんて自分は身勝手なのだろう。

「…音羽、」

僕は、弱いんだ。どうしようもないくらい、自分の思考にでさえも打ち勝てそうにない。
彼女の笑顔を守りたいと、僕の事を信じてくれている彼女の為に。
それなのに、僕は、何故こんな事をしているんだ。

「…何だよ、これ…」
「っ!!」

もやもやと、ぐたぐたと考えているうちにもう来てしまった。
僕の、いや…市丸隊長の、と言った方が良いのであろう標的が。

嗚呼、時はいつだって平等に残酷だ。

僕に微笑んでくれるものは、いつだって一つだった。

「…いらっしゃると思ってました。日番谷隊長」
「吉良!!てめぇ…、」

もはや何も感じはしない。
これから僕は、僕にしかできない事をするのだから。
彼女の事も、一時的に忘れよう。
そう、思い込むだけでも良いから。

「……」

睨む隊長を一瞥し、囮となるために僕は地を蹴った。

*
音羽視点

「ここら辺かな…、」

ある程度歩いたところで、藍染隊長が立ち止って呟いた。
周りの景色はあまり変わっていない。
移動する前とその後で、一体何が変わったと言うのか。

『藍染隊長…一体、どういう事なんですか…貴方は確かに…』
「死んだはずだ、と?」

言いたい事は分かっていると言う様に、微笑んでいる藍染隊長に違和感を覚える。
彼は、こんな笑い方をする人だっただろうか。
こんな、薄っぺらいだけの笑みを、簡単に浮かべてしまう人だっただろうか。

『…何か、企んでいるのですか』
「花ノ宮くんは、相変わらず怖いな。…でも今は僕より、上を見た方が良い。」
『え…、…っ!!』
「キミの、大切な人なんだろう?」

「吉良くんは」

ふっと、気味の悪い笑みを浮かべて藍染隊長は言った。
言われた通り上を見ると、屋根の上にイヅルと乱菊さんが斬魄刀を手に対峙しているのが見えた。
その瞬間、私は全身が泡立つのを感じた。
目の前の男に対して、殺意すら湧いてくる。

『まさか、貴方がイヅルを…』
「ほら、僕じゃなくて彼を見ないと」

こちらの話など端から聞く気はないような口調だ。
言う通り上を向けば、既に二人は刃を交えていて。
それにイヅルは始解している。これは、とてもマズい。

『藍ぜ…っ、いな、い…』

止めさせようと隣を見ると、そこにはもう彼の姿は無かった。
悔しいが霊圧を探って追っている暇は無い。
今は上の二人の方が先だと、瞬歩で二人の間に躍り出る。
乱菊さんは侘助を刀で受けて既に刀身が屋根に食い込んでいる。

『乱菊さん…イヅル、何…やってるの』
「音羽!下がってなさい!」

焦った様に止める乱菊さんの言葉に軽く微笑んで、イヅルを見る。
未だに、目を合わせてはくれない。

「…どうして、来たんだ」
『イヅルを止める為に』
「っ…!!」

ぐしゃっと、髪の毛を掴むイヅルの肩は、少しだけ震えていた。
どうして彼はここまで追い詰められてしまったのだろうか。

「音羽!吉良の斬魄刀の能力は…」
『大丈夫です、…ちゃんと知ってます』

知らないはずがない。彼は一番に私に見せてくれたのだから。
私の斬魄刀を見せたのも彼が一番最初だったから。

「音羽…今すぐここから退いてくれ」
『出来ない』
「………っ、」

一向にこちらを見ないイヅルをじっと見つめて言う。
沈黙を破る言葉が見つからない。
とにかく何か言おうとした瞬間、視界からイヅルが消えた。
そして一瞬遅れて、肩に痛みが走った。

『な…、…っ!!!』
「音羽!吉良…あんた…!」

幸いギリギリで花弁の膜を張ったお蔭で浅く切れただけで済んだ。
だけど、剣を向けたのがイヅルだと言う事が信じられなかった。
ただ彼に怒りは感じなかった。むしろ彼をこんな風になるまで追い詰めた奴の方が許せない。

「下がってなさい、音羽」
『乱菊さ…』

「唸れ“灰猫”」

私が静止の声をかけようと口を開いた瞬間、目の前が灰で包まれた。


赤褐色の視界に染まる
(信じていたから)
(この悲劇は許せない)

この世の理を覆せと、叫ぶ声

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