BLEACH

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尸魂界での戦いは終わった。
一護達はもう恩人として認められているだろう。
藍染が去った後の双極の丘は、実に静かなもので。
張りつめた空気が一気に溶けて、私は思わず座り込んだ。

「花ノ宮さん!」
「だ、大丈夫ですか!?」
『…大丈夫、それより、恋次は…っ、』
「せめて治療をしてからに!」

藍染に打たれたところがとても痛い。
これは完全に胃とか内臓がやられてる感覚だ。
でもそれ以上に、恋次が心配でならない。
狛村隊長と上がって来た時には既に恋次は倒れていたし。
早く恋次の所へ行きたいのに、四番隊の人が行かせてくれない。
それは確かに、内臓がやられていたら行かせてはくれないだろうけど。

「あの!私が…治療しても、いいですか?」
「え、あ…えっと、お願いします!」

誰が治療しているのか揉めているところで、一人、こちらにやって来て言った。
その人物がこれまた私の苦手な人物で、もう溜息をつくしか無かった。

「ほら、花ノ宮さんは横になって!ほらほら!」
『…ちょ、織姫…、』

私が苦手な人は少ないからこの状況で来るとしたら一人しかいないんだけど。
その人、井上織姫は私を無理やり寝かせて治療を始めた。
ああ、何だろうこの感じ。傷の痛みが先に引いて、その後に物理的に治る感じだ。
治療としては負傷者にとってもっとも楽な治療法。

『…怒らないんだね』
「えっ?」
『話、ちゃんと聞かなかったから』
「あ…あれは、私も急に来ちゃったし!」

真剣に治療を続ける織姫に言っても、織姫は治療をする手は止めなかった。
無理して笑っているのか手を若干握りしめてから、それに、と続けて言った。

「花ノ宮さんにはここの生活があるのに、…いきなり過ぎたよね、」
『………』
「…ごめんね、花ノ宮さん」

治療をしながら俯いて言う織姫を半ば呆れる思いで見つめる。
そんな事を今更言うなら最初からこんな所まで来るなと。
それは言わなくても本人が分かっている事だろうから言わないけれど。

『もういい、治療も』
「え、でも…っ」
『もう治ってるし、今回の事は…無かった事にする』
「花ノ宮さん…」

治療を強制終了させて無理矢理起き上がる。
そのまま恋次の所へ行こうとして、一歩進んで立ち止る。
振り返ると織姫がどうしたのと言いたげな顔で見つめて来た。
顔を見続けて言うのは無理があった。
だから、顔を見ないようにしながら自分でも聞こえるか分からない位の声で言った。

『…ありがとう、織姫』
「っ!!…うん!」

満面の笑みで笑った織姫を一瞥して、私は恋次が治療を受けているところまで走った。
途中でルキアと朽木隊長が話しているのを見た。どうやら問題は解けた様で良かった。
一護ももう大丈夫みたいだし、きっと恋次も元気になっているだろう。

『恋次…、』
「おう、音羽。…大丈夫か?」
『私は全然…だけど、恋次は?』
「俺も大丈夫だ、悪いな、心配かけて」

本当だよ、そう言いながら恋次の横に座る。
ここからは尸魂界がよく見える。本当に、広い。
とにかく、恋次も無事で良かった。
さっき日番谷隊長も、桃も無事だと聞いたし、本当に良かった。

「なあ、音羽」
『…何?』
「俺、お前に話す事があるんだけどよ」

その言葉に、私は言葉が出ずに押し黙ってしまう。
それ以上先は聞きたくないと、そう思ってしまった。
でも恋次がここまで真剣に話を切り出すのは珍しいのだ。
聞かなきゃ、駄目だ。そう、言い聞かせた。

『うん…、何?』
「俺…ずっと言わねぇようにしてきた。けどよ、一護の奴が言わなきゃ駄目だって言って…気づいたんだ」

黙って、聞いていた。何だか口を挟む余裕も隙も無かった。
きっとこれは恋次の好きな人の話だろうけど。

「ちゃんと考えたんだけどよ、俺はそういうの得意じゃねぇし」
『馬鹿だからね』
「ば、馬鹿じゃねぇよ…、けど、直接言うのが手っ取り早いと思った」

ああ、やっぱり、恋次はルキアの事が…、

「音羽、お前が好きだ」
『……えっ、?』
「ルキアも雛森も違う、俺はお前が…」
『待って恋次、私が…、え?』

頭がついて行かない。
ゆっくりと、恋次が言った言葉を頭で噛み砕く。
いや、やっぱり噛み砕いても分からない。

『…何で、ルキアのこと、好きなんじゃ、』
「だから!違うって言ってるだろ!」

「俺が好きなのは、お前だ!!」

ぐいっと、思いっきり顔を近づけて大声で恋次が言った。
というか、ここが双極の丘だってことを忘れてないだろうか。
今の大声で丘にいる人は皆こちらを見て微妙な顔をしてる。
それに、顔が相変わらず近い。いろんな意味で離れて欲しい。

『分かった、から…離れて、』
「あ、ああ…悪い」

やっと周りの状況に気が付いたのか、若干顔を赤くしながら離れてくれた。
本当、その辺の事は頭が回らないと言うか、周りをもっと見た方が良いと思う。

「…で、お前は、その…どうなんだよ」
『んー…どうだろう、』
「ど、どうだろうってお前な…」

呆れたように肩を落とす恋次を横目で見つめる。
本当、どうなんだろう。恋次の事は好きだ。大事だし。
でも、恋愛として好きかと言われればそれはどうなんだろう。
どちらにしろ、こんな曖昧な気持ちで返答するのは失礼じゃないだろうか。
恋次はこんなにも真っ直ぐに言ってくれたというのに。

『恋次、』
「お、おう…」
『ごめん、今は…分からない』
「え…」
『こんな言い方卑怯だけど、でも…そういう目で見た事ないから、分からない』
「そうか…、よし、もう行くか」

そう言って立ち上がり、恋次は手を差し出してくる。

『……え、』
「?…どうした?」

何だろう、この感じ。どこかで感じたような。
見た事あるような、光景。
何だかは分からないけど、気のせいかな。

『…何でもない、』
「そうか、…無理すんなよ」

一瞬硬直した体を解き、恋次の手を取って立ち上がる。
さっき感じた既視感は、きっと疲れているからだろう。
感じた違和感を考えないようにして、私は必死で目を背けた。
このことを考えたら、何かを思い出しそうな気がして。
今この瞬間を壊す事が起きそうで、怖い。

『ルキアのとこ、行かなきゃ』
「おう…喧嘩すんなよ?」
『当たり前』

いつか私は、この気持ちに整理を付けられるだろうか。
いつか私は、この気持ちをしっかりと恋次に伝えられるだろうか。
その時まで、彼は待っていてくれるのだろうか。

「音羽、俺はずっと待ってるからな」

そう言って恋次は優しく、私をなだめる様に微笑んだ。

『…うん、』

私も微笑み返して、そっと、繋いでいた手を離した。

*

「音羽」

恋次と別れてからすぐ、ルキアは私の元にやって来た。
互いに話す事があると分かっている。
相手がどう思っているかは分かっていないけど。

『ルキア、…大丈夫?』

大丈夫、なんて、私が聞ける言葉じゃないのに。
それでもルキアは不快な顔一つせずに大丈夫だと笑ってくれる。

「少し…歩いて話さぬか」
『そう、だね』

先程の恋次との話の事で皆がこちらを見ていたし、何だか人に見られていると話しにくい。
そう、ルキアも思ったのだろうか。二人で瞬歩を使って一気に走る。
双極から大分離れた屋根の上で止まり、腰かけた。
沈黙が続いている。きっとこれは、私から話すべきなんだろう。

『ルキア、私…恋次に言われた』
「何を…とは、聞かずとも問題は無いな」
『…私、恋次はルキアの事を好きだと思ってた』
「なっ!?」

私の言葉に、ルキアが勢い良く首を振る。
いや、普通は誰だってそう思うものじゃないのだろうか。
恋次の一番仲がいい女の子はルキアだし、桃も同期だけど…。

『そんなに…驚く?』
「ば、馬鹿者!何故その様な事を…っ!!」
『え…何故、って』

はぁ、と溜息を吐くルキアは一度深呼吸してから私を睨み、大声で言った。

「どう考えても音羽の事ばかり構っていただろう!!」
『確かに、虚退治に一緒に行くことは多かったけど…』

思えば毎回と言っていい程、虚退治には恋次と行くことが多かった。
恋次は暴れたりないとかあの忙しい中言っていたからそうだと思っていたけど。
ああそうか、あれはそういう事だったのか。

私が納得、とルキアに向けて呟く。
すると、ルキアは私から目を逸らして小さく呟いた。

「…それで、私に言う事があるのではないのか」

少しだけ、ルキアの声が震えてる気がした。
それはそうかもしれない。昔は何の気兼ねも無しに笑い合っていたのに。
気がついたらルキアとの間には何か薄い壁の様なものが見えていて。
どうしていいか分からなくて、距離が開いて、ぎこちなくなって。
それから真正面から話した事なんてないから。だから怖いのかもしれない。
実際私も、ルキアからの話を聞くのが怖いから。同じなのかも、しれない。

『私ね…ルキアが羨ましかった。強くて、綺麗で、頭が良くて、…私にはできない事、沢山してた。』
「…羨ましかった…?」
『うん、私は剣術も軌道も…駄目だから』
「そうか…そうだったのか」

顔に力が入らないのか、ルキアはゆるっと笑って肩の力を抜いた。
そしてゆっくりと私の方を向き、ルキアもはっきりと、話し出した。

「…羨ましいと思っていたのは私の方だ」
『……、』
「兄様に、認めて貰いたい訳では無かった筈なのに、気づけばずっと音羽の力に嫉妬していた」

浅ましいな、そう続けて話すルキアはどこか泣きそうで。
それでも私は、ただ黙ってその話を聞いていた。

「…音羽の力があれば、と…馬鹿な事を考えていたのだ。済まぬ…!音羽とまともに話す事も…私自身が避けていたのだ!本当に…済まぬ!」
『…お互い様だよ、ルキア』

私の言葉に、バッと顔を上げたルキアは泣きそうな顔をしていて思わず吹き出した。

「なっ…!わ、笑うな!」
『笑ってない』
「堪えているではないか!!顔を…正せ!!」

顔を真っ赤にしたルキアにぐいーっと両頬を引っ張られる。
結構痛い、いや、結構どころじゃなくてすごく痛い。

『るきあ…いたい、』
「音羽が悪いのだ!!わっ、私をからかうなど…!!」

どうやら相当恥ずかしいらしいが仕方ない。私は悪くない。
それにしてもいい加減話してくれないだろうか。

「おーい、お前ら、そんなとこで何して…って、何やってんだ?!」
「一護!」

私達を呼びに来たのか、突然横に現れた一護にルキアが驚いて両手を離す。
勢いで離されるとすごく痛いし、きっと今私の頬は赤くなってる。
物理的な攻撃のせいで、だけど。

『痛いな…、』

でもこんな痛み、実際は苦しくなどない。
ルキアの真っ赤な顔が見れたし、とか言ったら本人に投げ飛ばされそうだけど。

嗚呼、嬉しいな。


燦々降った、雨は止む
(この頬は自然に治るのを待とうかな)
(なんて、まだ痛いけど)

心から楽しいと思える自分を

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