BLEACH

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*
イヅル視点

我に返ったのは事が全て終わってからだった。
自分の刀についた血を見て、体の芯が一瞬にして冷えた。
やってしまった。訳が分からなくなって、刀を振り下ろした。
あの時音羽が反応していなかったら、あの腕を切り落としていたかもしれない。
もし、もしもあの時そうなっていたら、僕はこの先生きてはいけない。

「音羽、僕は…」

戦友として、同期として、キミと共に在りたかった。
僕が守るなんて大層な事はもう言える立場じゃない。
自分で傷つけてしまったのだから、もう。

「松本さんに…謝りに、行かないと…」

勿論、謝って済む問題では無いと分かってる。
それは音羽に対してもだ。
彼女には何と言って顔を合わせたらいいのだろう。
ああでも、ただじっとして考えていても仕方がない。
兎に角と、松本さんがいる隊舎へと向かう。
隊舎の前へ着いた時、突然前に現れた人物に反射的に後退る。

「日番谷、隊長…、」
「…吉良…松本に用か」

一度目を瞑って、面倒臭そうに日番谷隊長は言った。
その言葉に、もうこの人は全て分かっているんだと思い、黙って頷いた。

「お前…音羽の所には行ったのか」
「いっいえ…、まだ…これから、です…」
「そうか…さっき、音羽が出てったばっかりなんだけどな」

隊舎の廊下を歩きながら、日番谷隊長は溜息交じりに言った。
きっと日番谷隊長も僕も、同じ様な気持ちなのだろう。
日番谷隊長にだって、雛森くんという存在がいるのだから。
というか、相変わらず音羽は十番隊にいるな、とか。
そう考えているうちに、あっという間に部屋についてしまった。

「松本、お前に客だ」
「え?」
「あの…松本さん…、」

僕を見て一瞬驚いた顔をした後、直ぐに松本さんは笑った。

「食べてく?蕎麦饅頭」
「え、あ…はい、」

その優しい表情に、はいと言わざるを得なくて。
気がつけば酒までも無理矢理に飲まされていた。

「まっ、松本さん!待ってくださ…」
「いいじゃないの〜ほら、じゃんじゃん飲みなさい!」

口に酒瓶を突っ込まれればまあ飲み干すしか無くて。
もう意識はまともに働いていなかった。

「もう吐くまで飲みますよ!!!」

*
音羽視点

「少し位いいだろー音羽」
『しつこいです、檜佐木副隊長』
「あとその呼び方、他人行儀過ぎねぇ?」
『そんな事ありません』
「つめてぇなー…、」

あれから一週間経って、尸魂界は落ち着きを取り戻していた。
ただ私は、藍染が言っていた言葉がずっと頭を離れずにいた。
何度も何度も、考え続けた。あの言葉の意味を。
そうしている内に大した事もせずに一瞬間が経って。
一週間の間ずっと、十番隊の隊舎から一歩も出なかった。
そんな私を心配してか、檜佐木副隊長が私を連れ出してくれたのだ。

『…ありがとうございます、檜佐木副隊長』
「あ?」
『いえ…久しぶりに外に出たので、…スッキリしました』
「…そうか、そりゃ何よりだ」

笑いながら頭を撫でてくる檜佐木副隊長はどこか大人びていて。
いや、実際大人というか私よりも年上だけれど。
いつもこうならもっとモテるのにと思わないでもない。

「おーい!音羽と修兵ぇ!!ちょっと寄って行きなさいよ!!」
「はい?」
「どうせ暇なんでしょ!呑んできなさいって!」
「おっ、いいっすね!」
『え、あ…檜佐木副隊長!』

お酒はあんまり飲む方じゃないけど、ここで断ってもする事がないし、結局飲むことにした。
檜佐木副隊長と窓から部屋に入ると、檜佐木副隊長が声を上げた。

「うお!?どうしたんだ吉良?!」
『!イヅル!?』

檜佐木副隊長の言葉に勢いよく視線の先を見れば本当にそこにはイヅルが倒れていて。
見かけから明らかに酔っ払っているのが分かる。
というか、見かけというよりもう全裸に近い。それは別に気にならないけど。

『い、イヅル…、起きて』
「音羽!これ吉良に着せとけ!乱菊さん、お茶下さい!!」
『わ、分かりました』

その辺に落ちていたのであろうイヅルの死覇装を投げつけられる。
着せるって言っても、このままでどうやって着せろと言うのだろうか。

「ぅ…っうう」
『イヅル?…大丈夫?』
「ん…あ、音羽…?」
『うん、服…着れる?』
「え……、…っ!!!!!」

目覚めたばかりの寝惚けた様な目で見上げてくるイヅルに話しかける。
服、と言った瞬間、イヅルが目を見開いて私の持っていた死覇装を引っ手繰った。

『…醒めた?』
「音羽…っ、ご、ごめ、ん」
『大丈夫だから、早く着よう?』
「う、うん…」

酔っているのと半裸で寝ていた事かで顔を赤くしているイヅルは新鮮で面白い。
笑いながら着替えているイヅルを見ていると、檜佐木副隊長が硬直しているのが見えた。

『檜佐木副隊長?どうかしましたか?』
「あ、いや…お前も笑うんだな、と…」
『失礼ですね』
「おう…悪い…、」

「(いや…吉良に気を許しすぎだろ!!)」

檜佐木副隊長の呆れたような目を無視してイヅルを見ると、既に着替え終えて座っていた。
どうやら酔いは完全に冷めたらしい。

「音羽、僕は…っ、」
『…最低な事したって?』
「っ!!!」

ギクッと、イヅルの体が揺れて、すぐに固まってしまう。
座ったまま、手を青白くなる程握りしめている。
見ているだけで痛々しくて、手から目を離してじっと顔を見つめる。

「刃を向けて、傷つけた…っ、本当に…、」
『私は、分かってるよ』
『確かに痛かったし、信じられなかったけど、こんな事ぐらいで私はイヅルから離れたりしない。』
「音羽…、」
『必ず藍染を…倒すから』

もう血が通ってないのかと思うほど白くなった手を握って、目を見つめる。
一緒に行こうと、笑いかける。いつも通り、何も変わってないと。

「…ったく、お前はいっつも溜め込み過ぎだぞー吉良」
「檜佐木さん…」

珍しく良い事言うな、と突然会話に入って来た檜佐木副隊長を見る。
それは私も思ってたことだし、檜佐木副隊長が言ってくれて良かったかもしれない。

「まあ?音羽に刀を向けたって事は、許せねぇけどな!!」
「っ!?!ひ、檜佐木さ…ちょ、危な…」
「刈れ!“風死”!!」
『檜佐木副隊長!』

前言撤回、やっぱり駄目だった。
いきなり始解した檜佐木副隊長はイヅルに向かって風死で切り掛かる。
乱菊さんはもう潰れてて頼りにならないし、今起きられても面倒なだけだ。

『檜佐木副隊長、程々にしてくださいね』
「よっしゃ!任せとけ!」
「…っと、…音羽!」

檜佐木副隊長の攻撃を躱してイヅルが走り寄ってくる。
よくあの攻撃を躱せるな、とか呑気な事を考えて。

「音羽…ありがとう、」
『!!』

笑ってそう言ったイヅルに、素直に驚いた。
最近はイヅルのそんな顔を見ていなかったし、何だか安心した。
前みたいに、優しく笑ってくれた。

「イチャつくなこら!!!」
「うわあ!?!檜佐木副隊長、ちょっと待…」
『それじゃあ私は日番谷隊長のところに行ってきますね』
「おう!じゃあな!!」
「う、うわあああああああああ!!!」

イヅルの断末魔の様な悲鳴も無視して外に飛び出す。
きっと日番谷隊長は桃の所にいるのだろう。
便所とか言ってたけど、素直に言えばいいのに。
まあ言いたくないって気持ちは分からないでもないけど。

『あんまり、思い詰めないで欲しいな…』

あの人の戦い方は好きだから。
感情的になっていてもそれは綺麗なんだけど。
でも、冷静に戦ってる時の日番谷隊長はすごく強くて。
ずっと、これから先も私の憧れだ。

『あ、日番谷隊長』
「音羽か…あいつらの所にいなくて良いのか?」

十番隊隊舎の前にいた日番谷隊長は少し気分の悪そうな声で言った。
いつもの張りのある声じゃないが、ここで帰っても仕方がない。

『いつでも話せるので』

大丈夫です、そう言って私は日番谷隊長に向かって微笑んだ。

*
イヅル視点

「……吉良、」

音羽の足音が聞こえなくなったところで、檜佐木さんが攻撃の手をやめた。
その理由は分かっているつもりだ。檜佐木さんの声がそう物語っているし。

「分かってますよ、檜佐木さん」
「お前もあいつも…溜め込み過ぎだぜ、ちょっとな」
「ちょっと何てもんじゃないわよ」
「松本さん!」

溜息を吐く檜佐木さんに同意するように、松本さんが起き上がった。
結構な勢いで飲んで、相当潰れていたように見えたのは僕の気のせいか。

「吉良、あんた何か知らないの?」
「…知らないと言えば嘘になりますが、詳しい事はよく分かりません」
「あの技と、何か関係あんのかよ」
「花閃は虚閃と似たような物よ。関係あるとしか考えられないわ」

正直、大体の事は分かってるつもりだ。
でもきっと僕達にそれが知れ渡る事を音羽は望んでいない。
だから僕は音羽が自分で話すまで、核心を突くような事はしない。
例えそれが敵対するであろう虚が相手だとしても。

「とにかく僕は、阿散井くんの所に行きます」
「あらそう、気を付けなさいよ〜」

乱菊さんの笑みに微笑み返して、窓から外に出る。
音羽が行ったとは反対の方向にある霊圧を追って。

*

「阿散井くん」
「ん?おお、吉良」

鍛錬でもしていたのか、汗だくになって縁側に座る彼に声をかけた。
座れよ、と促す彼の言葉に頷いて隣に座る。

「こっちに来るなんて珍しいな」
「…単刀直入に言うよ」
「お、おう」
「音羽に何を言った?」

何て、本当はもう音羽から聞いているけど。
本人から聞かないといけない事もあるだろう。

「…って、言ったんだよ」
「?」
「…好きだって、言ったんだ」

顔を背けながら、阿散井くんは観念したように呟いた。
駄目だったけどな、そう付け加えた顔は悔しさに溢れていて。
やはり彼には話すべきだと心の自分が言った。

「阿散井くん、キミは別に振られてないと思うよ」
「な、何言ってんだよ、ハッキリ本人に言われたんだぜ?」
「阿散井くんだって分かっているはずだ、音羽は今何かに悩んでる」

僕のその言葉に、阿散井くんはハッとして顔を上げた。
きっと思い当たる節がいくつかあるのだろう。
それもそうだろう。自分の目の前で音羽は倒れたのだから。
最近ずっと元気が無いのもその所為だろう。
檜佐木さんのお蔭で幾分かスッキリとしたようだったけれど。

「つってもよ…あいつ、自分から話さねぇだろ」
「だから阿散井くんは、音羽からなるべく目を離しては駄目だ」

ぽかんと口を開けて、冷や汗を流したまま固まる阿散井くんの肩を叩く。
きっと僕は彼女の背中を守る事しかできない。
だから、だから阿散井くんには彼女自身を守ってほしいんだ。
彼女はきっと守られることを好まないけれど。

「吉良…お前、」
「僕はもう行くよ、…仕事をしないと」
「あ…そうか、お前んとこ隊長いねぇもんな…」
「ああ、でも僕の事はいい。阿散井くんは音羽を見ていてくれ」
「おう…」

「(吉良…俺はお前に、敵わねぇよ…)」

阿散井くんの辛そうな視線に気づきながらも、その目を見ないようにしながら立ち上がる。

「また、後で」

最後に見た阿散井くんの顔は、決意に満ちていた。


視界の暗転、心の境界
(一瞬にして覚悟を決めた)
(その意志の強さに、僕は敵わない)

誰しも誰かに敵う事など無い

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