弱ペダ

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「さて、合宿だ!!」

放課後の部活、マネージャーを含めた全員が集まったところで金城さんから号令がかかる。
とても楽しみだ。本当に心臓が口から出そうな程に緊張と期待が入り混じっている。
そう、つまりは吐きそうなのだ。

『気持ち悪…っ』
「音羽、大丈夫?」
『あ、ありがとう幹…大丈夫…じゃない、』

所謂車酔い、今はバス酔いだ。隣に座っている幹が水を出してくれたりと色々やってくれる。
本当に良いマネージャーだと思う。可愛いし、仕事も早いし、自転車の事をよく分かってる。
それに…今泉と幼馴染で、お似合いだ。ああ、自分で考えて嫌になるなんて馬鹿みたいだ。
面倒な事を悶々と酔って発熱した頭で考えて、また気持ち悪くなってきた。リアルに吐きそうだ。

『…はぁ、』
「本当、大丈夫?席移動する?」
『うん…でも、どこに…』

幹の言う通りに席移動しようにも、大体二人一組で座っているし、お兄ちゃんは一人で二つ占領しているし。
正直座る所なんて無い、と思った矢先、頬に冷たい物があてられた。

『わっ…!?』
「俺の隣、来るか?」

頬に当てられたのは冷やされたペットボトルで、少し後ろの席に座って居た筈の今泉がそこにいた。

『え、えっと…でも、小野田、とか…』
「小野田なら鳴子と座ってる。どうせ一人だ、来いよ」
『えっと…』

妙に力強く言う今泉に若干気押され、どうしたらいいか分からず幹に視線で助けを求めた。
が、幹は満面の笑みで微笑んでいるだけで何も答えてくれない。これはあれか、行っても良いよ、って事なのかな。うん。

『じゃ、じゃあ…座らせて、もらう…』
「おう、揺れてるから気を付けろよ」

私の腕を掴みながら真顔でそう言った今泉に鳴子が言っていたスカシ、という意味が何となく分かった気がした。

『あー…涼しい、』
「後一時間位だ、寝てろ」

窓側の席に座って風に当たる私の頭を撫でながら、いつも通りの微笑みで今泉は言った。
流石イケメン、風になびく髪とか凄く様になっていて、一瞬見惚れていた自分に少しムカついた。

『…スカシ、』
「はぁ?!」
「おー!やっぱり音羽もそう思うやろ?!」

完全に周りから見たら照れ隠しだと分かっていただろう。その証拠に前の席に座って居る幹が笑いを堪えている。いくら何でも酷くないかい、親友よ。
取り敢えず「やっぱりスカシはスカシやな!」と満面の笑みで楽しそうに話す鳴子に適当に相槌を打ってから今泉を盗み見る。

「ったくお前らは…、…何だよ」
『べーつに、』

見惚れてるとか無い無い、有り得ない。私がかっこいいと思うのは荒北さんみたいな人だし。
そうだ荒北さん、東堂さんがメールで送ってくれた写真でも見て見直そう、色々と。
考えが思いつくと同時に携帯を取り出してさっさとフォルダを開いて写真を見つめる。と、ふと思った。――――荒北さんと今泉って何となく…似てる?

『……?』
「…何してんだよ」
『…似てる、かも?いやでも荒北さんの方がカッコいい』

携帯に写る写真と今泉を比べて、うん、やっぱり少し似てるけど荒北さんの方がかっこいい。
うんうんと一人で納得してると、何を思ったのか今泉が怒ったような引き攣った顔をした。

「また…かよ、!」
『あ、ちょ、返し…あ、メール』
「…ん?」

そのまま勢いで携帯を引っ手繰られて内心凄く焦る。このままじゃ荒北さんの写真が今泉に見られる。危ない。
そう思った瞬間、良いタイミングでメール受信画面に切り替わった。良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間、今泉が液晶を見て固まっている。
え、どうしたの、そう言おうとして液晶を覗いた私も、あ、しまったと固まった。

「東堂尽八…って、あの箱学の東堂か?!」
「と、東堂!?いつの間にメアド交換したっショ!」
『お、お兄ちゃんも今泉も落ち着いて…結構前からだから…』

お兄ちゃんまでもが今泉の大声を聞きつけて私達の席の所までやってくる。
適当な言い訳をしながらギャーギャーと騒ぎ立てる二人を無視してさっさと東堂さんからのメールを確認する。


To 音羽ちゃん

元気にしているかね!此方はいつも通りの美形だ!
もうすぐ合宿場に着く頃だがそちらは後どれ位で着きそうだ?

と、ここで先程撮った写真を捧げよう!!
山神からの捧げものだ!有り難く受け取りたまえ!

【窓に寄りかかって寝ている荒北の写真】

from 美形なる山神


美形なる山神こと東堂さんのメールを読み、添付されていた写真を見た瞬間、私は色々な事が湧き上がり何かもう余計にバス酔いが酷くなる気がした。

『荒北さんの…寝顔!!カッコいい…ッ』
「と、東堂と何の話してるショ…」
『あ、お兄ちゃん。はい、ちーず』
「!?」

呆れた様な、それでいてどこか怒っているような顔のお兄ちゃんをタイミング良く撮る。
きっとお兄ちゃんのこんな顔は見飽きるほど見ていると思うけど、これでお返しにはなるはずだ。
いつも通り荒北さんの写真を保存して、返信をした。
携帯の電源を落とす。もうすぐ会うのだし、返信を見る必要はないだろう。
それにしても荒北さんの寝顔を見てる日が来るとは思っても見なかった。写真だけど。
携帯を握りしめたまま荒北さんに会える喜びと寝顔を見れた喜びを全面に出していると、今泉に頭を軽く叩かれた。

「…もう着くぞ」
『?…うん、』

怒ってる様な、というか完全に機嫌が悪い。私が何かしてしまったのだろうか。
声をかけようとした瞬間、絶妙なタイミングで

「着いたぞ!全員降りろ、既に他の学校は着いている」

金城さんの声と同時に幹と一緒に先にバスを降り、皆の大荷物を引き摺り出す。重すぎる、よくこんな物を片手で持てるものだ。恐るべし運動部。
しかしその面倒な作業にも力が入るような事が私の近くで怒っているのだから作業の手は止めない。

「うっぜ!」
「うざくはないな!!」

遠くから聞こえてくるその会話に、私は緊張と期待で心臓が張り裂けそうになるのを感じた。

*
荒北視点

「巻っちゃん!!」
「近づくなショ」

合宿場の旅館のロビーに、鈍い音が響き渡る。今の音は確実に痛かっただろうに、当の本人はけろりとしている。
と言うより、何故殴るのだと反抗するまでの元気もあるらしい。全くもって理解できない。というか、

「うるっせェよ!!」
「しかし巻ちゃんがだな!!」
「もうテメェは黙ってろ!」

いっつもいっつも巻ちゃん巻ちゃん、うるせェんだよ。第一会った瞬間抱き付く奴があるか。
そりゃあ巻島だって殴りたくもなるだろう。俺にはその気持ちがよく分かる、嫌なくらいだ。

『疲れた…』
「お疲れ様っショ」
『お兄ちゃんの荷物、何か一番重かったんだけど……あ、東堂さん!!』

巻ちゃん巻ちゃんとうるさい東堂を黙らせていると、総北の方から陽気な明るい声が飛んできた。
目を向けるとそこにいたのは緑の髪の、巻島によく似た女で、それにどこかで見た様な気がする姿だった。
と、俺がじっとその姿を見ていると、女は気が付かずに東堂に向かって駆け寄ってくる。
まさかあれか?東堂のファンクラブの奴だったりするのか、また面倒な奴が来たもんだ。

「おおっ、音羽ちゃんではないか!!」
『お久しぶりです東堂さん!!』
「久しぶりだな音羽ちゃん!!」

てっきりファンクラブの奴だと思っていた俺はその光景に目を疑った。
何故なら東堂さんと呼ばれた瞬間、東堂もその女の名前を叫びながら駆け寄り、抱き締めあっていたからだ。
いやいやいやいや、普通のファンクラブの奴にはこんな事しねぇよな、ならこいつは誰だ。

「東堂…まさか、そいつ…お前の彼女かヨ…」
「む、それは違うぞ荒北!」
『ん…?あら、きた…?』
「この子はな!神聖なる巻ちゃんの妹さん、巻島音羽ちゃんだぞ!」
「神聖って何ショ…」
「妹…?」

巻島に妹なんていたのかとも思ったが、それには素直に納得できた。
何より姿が何となく似ていたし、二人並べば確かに兄妹に見えるだろう。
性格は今見ただけでも似ていないと分かるけれどそれもまあ兄妹としては相性がいいのかもしれない。

「巻ちゃん!音羽ちゃんに酷い事をしていないだろうな!?」
「するわけないショ!」

妹だと言う音羽チャンから離れてまた巻ちゃん巻ちゃんと五月蠅くする東堂に苛立ちを覚える。お前はどんだけ巻ちゃんが好きなんだよと。
見慣れた光景に深い溜息を吐くと、ふと視線を感じて目線を少し下げた。

『あ、あの…』
「あァ?」

俺が視線を動かすのと同じくらいのタイミングで巻島妹が若干顔を赤くしながら声をかけて来た。
初対面で俺に話しかけるとか巻島妹はコミュニケーション能力が高いんだな、とかどうでも良い事を考えている俺に、少し興奮気味に言った。

『荒北、って…荒北靖友さんですか!?オールラウンダーの!?』
「だったら何だヨ」

何で俺の名前を知ってるんだと言う言葉は飲み込んだ。自転車競技部のマネージャーならきっとどこかで名前ぐらい知ったんだろうとも思うからだ。
しかし何だ、何でこんなに喰い気味に話してんだ。

『わ、私…荒北さんの大ファンです!!』
「は、」
『あの、あの、荒北さんが好きです!!!』
「ハァ!?」

最初の疑問が未だに消えていない俺に大声で爆弾発言をしやがった。
相当周りにも聞こえる声だったのか、俺の学校の奴も総北の奴も京伏の奴らでさえも驚きを全面に張り付けてこちらを見ている。
福チャンも突然の事に付いて行けないようで、珍しく焦っているような顔だ。ああごめんネ、俺にもよく分かんない。

「…音羽、言葉足りて無いっショ」
『はッ?!す、すみませ…あの、荒北さん!!』
「な、なんだヨ…」

余りに勢いとずいっと近づいてくる目の前の奴に、若干後退りながら返事をする。

『私、荒北さんの走りが好きです!IHの走りも凄く勢いがあって見惚れてました!!あっ、いや、本人も勿論大好きなんですけど、何分走っている荒北さんしか知らないもので…それで本人も好きだと言うのはおこがましいと言うか…あの、その、』
「分かったから…落ち着け」
『は、はいっ!!』
「東堂のファンとかじゃないのォ?何で俺?」
『…私、中学の時初めてお兄ちゃんのレースを見に行ったんです。その時に荒北さんも走ってて…その、すっごくかっこよくて、思わず応援してました。それからずっと、行ける時は試合も全部見に行ってます!』
「ふーん」

その言葉を受けて後ろで若干項垂れている東堂に、「と、東堂さんも大好きですよ!」と慌てて弁解している巻島妹に思わず吹き出す。
そしてふと、思い出した。あの髪の色に、俺を見ているときに見せたあの光を吸い取ったような輝いた眼。

「音羽チャーン」
『はい?!』
「いっつも応援ありがとネ」
『………え、』

自分よりだいぶ下にある頭にぽん、と手を置いてそう言うと、一瞬意味が分からなかったのか固まってから盛大に爆発していた。
そうだ、俺はレースで何回かその姿を見ていた。観客の中に混じって声を上げる訳でもなくキラキラと目を輝かせているこいつを。
その時は一緒に走っていた福チャン目当ての奴だと思ってた。そいつがいるのはいつも福チャンがいる時だったし。
それがまさか自分を見ているだなんて思える訳が無かった。第一この顔だしなァ何て自分で言ってて虚しくなる。

「でもマネージャーなら総北を応援した方が良いんじゃナァイ?」
『い、良いんです!……多分、』
「良い訳ないだろ、馬鹿か」

気まずそうに目線を逸らした音羽チャンに上から鉄拳が振り下ろされた。
加減はしているのだろうがどちらにせよ運動部の鉄拳だ、相当痛いだろう。

『いっ!…たぁ…何すんの今泉』
「迷惑かけてんじゃねぇよ、行くぞ」

「巻島さんが呼んでたぞ」「私も巻島さんなんだけど…」なんて馬鹿らしい会話をしている二人を黙って見つめる。
俺がじっとしていると、何やら言い合っていた音羽チャンは兄の方へ忙しく駆けて行った。まるで嵐のような奴だな、とぼんやり思う。

「………」
「お前も何か用ォ?」
「いえ…失礼します」

黙って睨みつけられたから何か用かと尋ねただけなのに何で更に睨まれなきゃならねぇんだヨ。
良く分かんねぇな、と去っていく背を見つめていたら、ふとその視線が音羽チャンに向かっているのが見えた。

「…なるほどねェ、」
「どうかしたのか?靖友」
「音羽ちゃんに迫られて驚いているのだな!」
「迫られてねぇヨ!!」
「荒北…」
「福チャァァァン!?何でそんな目してンのォ?!」

あの今泉とかいう奴が何で俺に敵意剥き出しなのかは分かった。とても面倒な事になりそうだ。
と、まあそれより今はこいつらだ。

「揃ってニヤけてんじゃねぇヨ!!」

この合同合宿、間違いなく面倒な事になる。
そう確信した一日目の放課後だった。

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