弱ペダ

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スタートしてからずっと、横を並走している二人を観察している。
それはレースとしての事もそうだけれど、俺としてはスタート前のあの出来事が頭に付いて離れていないんだ。
レースに邪心は要らない、余計な事を考えるな、そう考えれば考える程深みにハマるようで余計な事を考えないと言うのはとっくの前に諦めていた。

「弱泉くぅん、気にしとんの?さっきの…なんて子やったかなァ…」
「…何の話だ」
「無理せんでええんよ?可哀想になァ、あの子…そこの[センパイ]にしか興味無いみたいやで」

キモイわァ、と言い続けている御堂筋から目を逸らして少し、考えてみた。
確かに荒北さんにしか興味無いって事は俺が嫌と言う程実感しているから分かっているけれど。

「お前達、一体いつ仲良くなったンだヨ」
「センパイも気になりますの?モテモテやねぇ、あの子」
「良いから答えろよ、御堂筋」
「別に、少し話したくらいやで。僕より石垣くぅんの方が話してるんとちゃうん?」

石垣くん、と言うのはスタート前に音羽がかなり熱を入れて応援していた人の事か。
確かに二人とも仲良さげに話していたし、きっともう良い仲なんだろうけれど、その人に関して危険は無い。
何故かと言われれば石垣さんと言う人がいい人だから、と言うしかないが。

「あの子はモテモテや、…けど、弱泉くんがこんなんやと…僕にだって奪えるで?」
「!?…御堂筋、お前…まさか、」
「キモッ、何想像してるん?僕がそないな事に揺らぐ訳ないやろ」
「また…面白がってるだけだって言うのかよ!」
「当たり前や」

「可哀想になァ…妹ちゃん、」

御堂筋の言葉にふざけるなと頭に血が上って行く時、一拍置いて荒北さんの冷静な声が俺の頭に嫌に響いた。

「何が、ですか…荒北さん」
「御堂筋が言ってる事の方が合ってるンじゃねェの?」
「な、何言って…」
「その気になれば俺にだって奪える…っつーか、俺の方が脈はあンだろ」

荒北さんの言葉にはもはや言葉を失った。御堂筋と同じ様にその気は無い様だけど面白がっていると言う訳でも無いのに。
確かに音羽は荒北さんばかり見ているし、いつも対して相手にされていない俺と比べれば荒北さんの方が脈がある、と言うのは一目瞭然だった。

「…なんや弱泉くん、あの子の事好きなんか」
「!!」
「図星?図星なん?ププ…キモッ!キッモイわ!弱泉くぅん!!」
「(…やっぱ好きなのかヨ)」
「…お前には、関係ない…っ」

俯いて、苦し紛れに良い訳をしたのにその言葉でさえも御堂筋の吹き出した声に掻き消される。

「関係大有りやで?…あの子、石垣くぅんに懐いとるからなぁ…」
「…おい、御堂筋…っ!」
「合宿の間だけでも、引き込めるかもしれへんよ?弱泉くぅん」
「…させるかよ!!」
「プププ…ほんまにキモイなぁ…」

ああ、駄目だ。もう俺は音羽に苦しい想いも、悲しい想いもして欲しくないんだ。
それなのに何かとあいつの平穏を乱す奴はどこにでもいるわけで、今だって俺の目の前にいて。
でもそれは俺が止めなきゃ誰が止めるんだ。例えそれが音羽に伝わらなくても俺は。

「…テメェら、、そんなに喋ってていいのかヨ」
「…?」
「[あの子]、見てンぞ」
「「…!!」」

静かな、冷静な荒北さんの言葉に慌てて後ろを見ると、寒咲のお兄さんの車が後ろに迫っていた。
横をチラリと見て、気が付いた。その車を見た御堂筋の口角が異様なほどに上がっている事に。

「…せや、弱泉くんもセンパイも、勝負しようや」
「勝負ゥ?」
「そうや、ここからもう5km先のゴールまで…ええ[観客]もおるしな」

『通司さん、見えました!荒北さーん!!』
「うるせっ、見てれば分かる!!」

響いて来たあの慣れた声に、自然と心が落ち着くのが分かった。
例えその声が、俺の名を呼んでいなくても。

「それじゃ、行くで…?」

一足先に奇声を発しながら出発した御堂筋に後れを取らないように荒北さんと同時に加速する。
それでもやはり荒北さんの方が速い。ああ、これは音羽が騒ぐ訳だなと嫌に納得した。

「っ、くそ…」
『何してるの今泉、もっと頑張れ』
「…!」
『な、なに、その顔…私は応援もしちゃいけないの?』

頑張れ、スタート前だってその言葉は俺にかけてくれなかったのに。そう思って少し後方にいる車を見つめ返せば、少し、不機嫌な声。

「…いや、意外だったからな」
『あっそ…』
「安心しろ、俺が勝つ」
『!!』

ふっと笑えば通常でも大きな目が更に大きく開いて、数秒見つめられた後に目を逸らされた。

『何それ、安心…できない』
「…まあ荒北さんに勝って欲しいんだったら俺を応援しない事だな」

どこか不機嫌さが抜け切っていないような声に込み上げる少しの笑いを抑えながら言葉を返す。
何で、と聞きたそうに歪められた顔から顔を逸らして前を向きながら加速した。

「お前に応援されると、勝つ気しかしねぇからだよ」

突然加速した俺に一拍遅れて荒北さんも黙って加速する。
走ったら五月蠅くなりそうだと思っていたのに、案外走れば口数は少ないのだろうか。

『…どういう、意味だし…』

そんな音羽の声は、ロードの音に掻き消されて、俺に届く事は無かった。

*
東堂視点

「はぁっ…は、…っ」
「残念だったねェ、おりこうちゃん」

オールラウンダーで最後だったレースも終わり、全員がゴールに集まった。
レースが終わったとはいえオールラウンダーは先程着いたばかりだ。まだここに留まるのだろう。
そうして巻ちゃんと爽やかな会話を楽しんでいると、ワゴン車からボトルとタオルを持って音羽ちゃんが駆けて来た。

『はい、今泉。お疲れ様』
「ああ、…悪い」
『…そういう風に静かな今泉、気持ち悪いよ』
「!」
『IHでは、当然勝つんでしょ?』
「…当たり前だ」

ふむ、音羽ちゃんはマネージャーとして落ち込んでいる選手を焚き付けるのも上手いらしい。流石巻ちゃんの妹だ。

『荒北さん、お疲れ様です!』
「妹ちゃんもネ」
『あ、あの、荒北さん、すごくカッコ良かったです!!』
「…妹チャン、」
『はっ、はい!?』

と、何やら音羽ちゃんと話していた荒北が俺と、今泉を目線だけで交互に見てニヤリと笑った。

「またあいつは…」
「…何の話ショ」
「いや、何でもないぞ巻ちゃん!」

俺の呆れた呟きに怪訝そうな顔をした巻ちゃんに慌てて取り繕いながら、また荒北と音羽ちゃんを見る。
正直あいつは楽しんでいるのか、と言うより嬉しくて気分が高揚しているのかもしれんな。
あんな風に笑う時は良い事が起きない。たまに罵詈雑言吐いたりしている時の顔だ。今回は意味が違うが。

「これから俺、音羽ちゃんって呼ぶから」
『え、あ、は……あ、え?!』
「!!」
「他の人にボトル渡した方がいいんじゃナァイ?」
『あ、荒北さ…』
「ほら、早く行きなヨ」

ああ可哀想に、音羽ちゃん顔真っ赤にして混乱しているじゃないか。
というか俺が初めて音羽ちゃんと呼んだ時と反応が違い過ぎないか、贔屓だこれは。
それにしても荒北が調子に乗った事するから総北の一年から凄いオーラを感じる。
確か今泉とか言う奴だったか。やはり荒北に負けて悔しいのか、残念だったな、うむ。

『い、石垣さん、お疲れ様です』
「おお、ありがとな。…顔赤いで?具合悪いんか」
『だ、い丈夫です!すみません…っ』
「俺は大丈夫やけど…無理したらあかんで?」
『はいっ、ありがとうございます!!』

京伏の石垣に真っ赤な顔で笑う音羽ちゃんはまるで花の様だと、思う。
巻ちゃんも笑ってくれないかなーとか思って横を見たら思いっきり睨まれた。怖いぞ巻ちゃん。

「ザクゥ、はよしてやー」
『ザ…あ、はい、お疲れ様』
「何で僕が最後なん?普通一番やろ」
『ご、ごめん…なさい』
「ま、別にええけど」

…ん?

「レース中に叫ぶとかキモかったで、キミィ」
『御堂筋くんには言われたくない…』
「ファ?ボクゥと一緒にせんでくれる?キモイで」
『そのキモイには、もう慣れた!』

…んん?!

「せや、キミィ音羽って言うん?」
『え、知らなかったの』
「ザクの名前なんか覚える訳ないやろ、調子乗んな」
『…うっ、巻島音羽ですけど』
「フーン、そんならこれから音羽て呼ぶわ」
『え』

ど、どういう事だこれは?!何故あんなに和気藹々と楽しそうに見えなくもない会話を音羽ちゃんと御堂筋がしてるんだ!
周りを見ればみんな驚いて固まっているし、横を見れば巻ちゃんも口を開けて小さく震えている。
皆この状況に付いて行けないようだ、俺にも分からん、何なのだよ。

「なんや文句あるんか」
『いえ…ナイデス』
「ファー?ボクゥは不満ありありの声に聞こえんで?」
『…無いです!御堂筋くんに名前呼ばれるの嬉しい!はい、これでいい!?』
「キモッ」
『どうしろと!?』
「キモイ、ほんまにキモイわ」

音羽ちゃんにはきっと嫌がらせにしか思えないだろうが、今の御堂筋の行動、即ち音羽ちゃんの頭を撫でていると言う行為は絶対嫌がらせじゃない。
これは、駄目ではないのか!?あの神聖なる巻ちゃんの妹、巻島音羽ちゃんがもし、もしも御堂筋と間違いが起こったら…、

「うわぁぁぁぁぁあああああああ!!!福うううううううう!!」
「ッショォォォォォオオオオオオ!!!田所っちぃぃいいいい!!」

隣で同時に叫んだ巻ちゃんに驚く余裕も暇もなく、俺は一目散に福のところへ駆けて行った。
危険だ、音羽ちゃんが、音羽ちゃんが危ない!俺達で何とかしないと駄目だっ!!

*
田所視点

「音羽が危ないショ!!」

合宿場の一室に総北全員集めて、巻島は焦った様に大声で言った。
レース終わりに突然泣きついて来たかと思ったらこれだ。妹の事ならもっと落ち着けよ、とは思うが言ってはやらない。

「一体どうしたんだ、巻島」
「金城!見てただろ、あの御堂筋と話してるところをヨ!!」
「あ、ああ…落ち着け、巻島」

金城に掴みかかってまで叫ぶ巻島は何だか見ていて居た堪れない。
ついには金城が落ち着け、という始末。というか若干引引かれてるぞ、巻島。

「お前はどうしたいんだよ」
「田所っち…それが分からないから相談してるショ…」
「お、おう…」

何だこの巻島は。誰だこいつ。暗すぎるだろ、ほら見ろ小野田もオロオロしてるじゃねぇか。一年は置いてけぼりだぞ、俺もだが。

「あのーワイが言ってもええか分からんですけど…」
「何だ、言ってみろよ」
「音羽と誰か、くっつければええんやないですか?」

その言葉に全員がピクッと小さく反応した。一番反応してたのは今泉と巻島かもしれないけど。
鳴子がやっぱりあかんかった…としょぼんとしているのは何だかハムスターみたいで可愛いがそれどころじゃない。

「誰かと…って、誰ショ」
「そ、そこはやっぱり荒北っちゅー奴やないですか?」
「荒北か…」
「まあ…御堂筋よりはマシっショ…」

流れが完全に荒北とくっつける方向になってきたが、これはあれか?俺達で頑張って他校の男を応援しなきゃいけないのか。
いや、別に音羽を応援するのは嫌じゃないが荒北を応援することに抵抗があると言うか。
何だか全員で悩みながら唸っていたら、突然今泉が立ち上がって巻島より大きな声で言った。

「待ってください!」
「あ?」
「い?」
「う?」
「ちょ、小野田君まで入…ぶっ、ふ…!」
「鳴子黙ってろ」
「うっさいわ、スカシのくせに!」
「くせにってなんだよ、子供か」
「うっさいわ!!」
「わああ二人とも落ち着いて…!!」

何だか喧嘩をし始めた鳴子と今泉を宥める小野田、といういつもの光景をみて俺達の後輩可愛い、と和んだところで本題を脳から呼び戻す。

「で、今泉はなんだって?」
「え?あ、いや…」
「何ショ」
「…荒北さんじゃなくて、俺がいます!!」

瞬間、静まり返る部屋。
最初に固い沈黙を破ったのは金城だった。

「今泉か…」
「そう言えば今泉は音羽に気があるんだったな」
「忘れてたショ」
「そんな大事な事なんで忘れんのですか!ワイも忘れてたんですけど!」
「ぼ、僕もうっかり…」

そして全員がある程度の事を言ったところで、散々言われた今泉に巻島がニヤリと笑って言った。

「今泉、俺達全員、協力してやるヨ」

この合同合宿、絶対集中できないな。そう、誰ともなく思った。

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