弱ペダ

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「音羽ちゃんが危ないんだッ!!」

合宿場の部屋の一室に箱学のメンバーを集めて、東堂さんは今までに無く焦った様子で声高々に言った。
突然呼ばれた時は何かと思ったが、何故僕達が巻島さんの妹さんの話を聞かなければいけないのだろうか。

「突然なんだヨ」
「また巻ちゃんか?尽八」
「荒北!隼人!!音羽ちゃんが御堂筋に汚されてしまう!」

御堂筋?と全員が首を傾げたところで、やっと東堂さんが事の説明を始めた。
相当焦っていたのか、言葉が滅茶苦茶だったけれど何とか新開さんに翻訳して貰いながら理解した。

「つまり…神聖なる巻島さんの妹さんが御堂筋くんと付き合いそうだ、と…?」
「そうなのだよ!!泉田!よく分かっているではないか!」

殆ど新開さんに教えてもらいましたけどね。その言葉はギリギリで飲み込む事にした。
それにしてもどうしてこんな事になっているのだろうか。確かに御堂筋くんと妹さんが話しているところを見て、驚かなかった訳じゃ無いけれど。

「別にお互いが良いなら良いんじゃないのか?」
「東堂、俺達が口を出すべきでは無いだろう」
「福ちゃんの言う通りだっつーの!!」
「僕はどっちでも良いですよ〜音羽ちゃんとは友達なので、音羽ちゃんが幸せになる方で」

皆さんが口々に意見を言ったところで東堂さんを見て、全員ギョッとした。
何故なら東堂さんは涙目で、怒っているのか顔を真っ赤にしながら唇を噛み締めていたのだから。
その見た事のない東堂さんに流石の福富さんも戸惑っているのか、焦った顔で東堂さんの肩に手を置いた。

「東堂、」
「うっ…福ぅぅぅうううううう!!!!」
「あーあ、東堂さん泣いちゃった」

福富さんに泣き付いた東堂さんの頭を撫でながら、悪びれも無く言う真波に半ば呆れる。
キミの所為でもあるんですよ、何て言ってもきっと東堂さん曰く不思議ちゃん真波には伝わらないだろう。

「と、とにかく、何とかするなら…どうするんですか?」
「………。」
「東堂さん、拗ねちゃってますよ」

放って置いていいぞ、と言う新開さんの言葉に甘えて、福富さんにくっついたままの東堂さんは放って置くことにした。
ただ真波だけは東堂さんの傍を離れず、頭を撫で続けていたけど。

「何とかってどうするのォ?」
「そりゃおめさん、音羽ちゃんと誰かをくっつけるしか無いだろ?」
「流石新開さんです!!」
「音羽ちゃんと…?」
「誰か…?」

ゆっくりと、その[誰か]に向かって視線が集まっていく。
拗ねていた筈の東堂さんまで顔を上げて、その人に視線を向けていた。

「「「「「………。」」」」」
「…ハァッ!?俺ェ?!」

まぁそれは当然荒北さんに集まる訳で、僕達にとっては何の疑問も生まれなかった。
視線を集めた荒北さんは訳が分からないと言った顔で福富さんに助けを求めていたけれどそれは無駄な行為だ。

「靖友も嫌いじゃないだろ?音羽ちゃん」
「いや…っそりゃ、嫌いな訳…ねェけど…」
「なら決まりじゃないですか?ね、東堂さん」
「ぐすっ…そ、そうだな!では、荒北で決定だ!!」
「わーい」

いつの間にか復活した東堂さんが大声を上げたところでまた部屋が五月蠅さを増す。
というか真波、いつまで東堂さんの頭撫でているんだい。東堂さんも東堂さんで腕を払う位したらどうなんだ。

「おい勝手に決めてんじゃ……いや、待てよ…?」
「…?」
「(俺が上手く立ち回ればあの今泉って奴とくっつけられるんじゃナァイ?)」

荒北さんがそんな事を考えているなんて、誰も気が付けるはずが無かった。

「ワッハッハッハ!!必ず音羽ちゃんを救って見せる!!」

本当に東堂さんは元気だと五月蠅いな、とか静かだと様になるのにな、とか思ったのは秘密だ。

*

「ほう、こんな時間から練習していたのか」
「……東堂、これやる意味…あるのォ?」
「な…っ!あるに決まっているだろう馬鹿者!!」

早朝、超早朝、まだ日も半分くらいしか登っていない早朝。僕達箱学メンバーは簡易休憩室前にいた。
箱学メンバーと言っても、いるのは僕と荒北さんと東堂さんの三人だけだ。荒北さんは付いて行かなくてはならないにしても、何故僕まで巻き込まれているのだろうか。

「あの…もう戻りませんか?」
「何を言っているんだ、俺が行かずして誰が音羽ちゃんを守ると言うのだ!」
「そら、お兄チャンだろ」
「五月蠅いぞ荒北!」
「お前にだけは言われたくなかったヨ」

騒がしいと、素直にそう思った。僕たちが今している事は一応ストーキングという色々誤解を受けそうな行為なのだが。
本当に隠れる気があるのかと思う程の声の大きさに思わず先輩に向けて呆れてしまう。
こんなんじゃ御堂筋くんにも巻島さんの妹さんにも、気づかれるんじゃ…あ、

「…ププ、」
『え、どうかした?』
「何もないわ…プププ、キモッ」

ああ、気が付かれた。今のは完全にと言うか勢い良く此方を見て笑った御堂筋くんは確実に僕達を視界に捉えただろう。
これは危険だ、面倒事に巻き込まれそうな予感がするとアンディが言っている。

「ふっ…僕はもう戻ります!新開さんの元へ!!アブゥ!!」
「お、おい!?泉田ァ!!」
「ハッ、荒北!休憩室に入ったぞ!!な、なにやら危険な予感が…行くぞ!」
「ば、ちょ、待て!東堂ォ!!」

すみません荒北さん、東堂さん。そして妹さん。僕は面倒な事に巻き込まれるのは嫌なんです。
妹さんが襲われたとかなら話は別ですが今はとにかくすみません、僕は逃げます。そして帰ります、新開さんの元へ。

「音羽ちゃぁぁぁぁああん!!」

遠くで聞こえた東堂さんの叫びも、聞いて聞かぬふりをして僕はただひたすら地面を蹴った。

*
音羽視点

「朝の練習、付き合うて欲しいんやけど」

御堂筋くんに威圧感たっぷりの声と顔で言われて、流石にそれは命令形に聞こえるなどと言える訳もなく、私は今御堂筋くんの朝練に付き合っている。

『というかこの時間…朝、なのかな…』

朝と言うには早すぎて、夜と言うには遅すぎる、そんな時間帯だ。まだまだ皆は起きて来ないだろう。
私はと言えば二日目で疲れた体を十分に休める事も出来ずにここにいるのだ。
御堂筋くんは私の倍以上の運動をしているにも関わらずピンピンして、元気にペダルを回している。流石だと、思う。

「終わったで」
『お疲れ様…早いね』
「当たり前やろ、ボクを誰やと思っとるんや」

昨日のレース以来、何となくというか本当に少しだけど御堂筋くんに近づけた様な気がしている。
今でもずっとキモイキモイと言われるけどそれには既に慣れているし、こうして話すもの苦痛なんかじゃない。むしろ楽しい。

「…ププ、」
『え、どうかした?』
「何もないわ…プププ、キモッ」

突然笑い出した御堂筋くんに戸惑いながらも声をかけるが、またキモイと言われてしまった。咎めるつもりはないけれど。
私が首を傾げていると、御堂筋くんはマッサージをして欲しいと言ってさっさと休憩室に入ってしまった。
慌てて追いかけた時、一瞬東堂さんに酷く似た声の悲鳴が聞こえたのは気のせいだろうか。

「はよしてや」
『うん…どこをすればいい?…というか、私あんまり上手くないけど』
「嘘や、ロードレーサーの妹が下手な訳ないやろ」
『それはどういう…』

理屈で、と言おうとしてやめた。青いベンチに座ったままの御堂筋くんに急かす様な目を向けられて流石にこれ以上何かを言う訳には行かない。
取り敢えずと休憩室の扉に背を向けて、御堂筋くんの前に腰を下ろして目の前に御堂筋くんの膝が来るような姿勢になる。

「今日は左足だけでええわ」
『あ、うん』
「………」

自身は全く無いと言うか、確かにお兄ちゃんのマッサージをした事はあるけど本当のやり方か分からないし。
下手だったら怒られるんだろうなとか考えながら御堂筋くんの膝に手を付いて、ふと気が付いた。

『…御堂筋くんってさ』
「ファ?」
『足とか…手、細いよね。腰もだけど』
「…どこ見とるん、キモッ」

本当の事を言っただけなのにキモイと言われるとは何事かと思ったけど、確かに最後の一言は要らなかったかもしれない。
ごめん、一言呟いてマッサージを始めようと更に身を屈めた時、何だか凄い勢いで走ってくるような音が聞こえた。

「?」
『…?何か、』

「音羽ぢゃん゛!!!」
「音羽!!!」

汗だくになった東堂さんとお兄ちゃんが勢いよくドアを押して入って来た。先程までロードにでも乗っていたのだろうか、汗だくだ。

『あれ、東堂さん?それにお兄ちゃんまで…』
「なんや、突然」

二人して同時にドアの方を向けば、一瞬にしてお兄ちゃんと東堂さんが固まって叫び出した。
その声を聞きつけたのか、それとも東堂さんを追いかけていたのかは分からないが、荒北さんも同じように焦りながら休憩室に入って来た。

「……ッッくぁwせdrftgyふじこlp!?」
「おい、東堂!って、…何やってんのォ?」
「うううううちの妹に何やらせてるショ!?」

東堂さんは混乱しているのか言っている事が言葉になっていないし、お兄ちゃんは慌てながら腕を引っ張って御堂筋くんと離されるし、一体どうしたと言うのか。

「あああ荒北ァァァアアア!」
「うおっ?!」
「あ、あら、ぎだぁぁぁああ」
「あーはいはい、鬱陶しいから泣くんじゃねェヨ」
「うぐっ…ふ、ぐすっ」

ぼーっとしたままお兄ちゃんに引き寄せられたままになっていると、相当衝撃が強かったのか東堂さんが大声で泣き出して荒北さんに飛び付いた。
荒北さんも予想外の東堂さんの反応に驚いているのか困惑しながらも、適当に東堂さんの頭を撫でていた。
そんなところもカッコよくて大好きです、荒北さん。

「音羽は一体何をしてたんだヨ!」
『何ってお兄ちゃん、そりゃマッサ…』
「いややっぱり言わなくていいっショ!!妹の口からそんな事聞きたくないショ!!」

何だか凄く荒ぶっているお兄ちゃんに若干冷や汗をかく。どうしてマッサージと言うのを聞きたくないのだろうか。
ほら見てよお兄ちゃん、御堂筋くんの顔を。嫌悪の眼差しを鋭く向けて来ている御堂筋くんの顔は相当怖かった。

『……荒北さん、』
「なァに?」
『お兄ちゃんと東堂さんは一体どうしたんですか』
「俺は音羽ちゃんに聞きたいけどネ」
『え…っ、な、何か…』

少し呆れた様な、それでいて怒っているような顔の荒北さんに少し驚きながら返事を返せば、さらに強張る顔。
深い溜息を吐きながら、荒北さんが目を鋭くして言った。その目は私を通り越した先、御堂筋くんを射抜いていた。

「ココで、ナニしてたのォ?」
『なに、って…』
「ああああらきたああ?!」
「はいはい東堂チャンは黙ってろヨ」
「うぐっ?!」

荒北さんの言葉に未だ撫でられたままの東堂さんが混乱して叫ぶが、それは勢い良く荒北さんの胸板に押し付けられる事で抑えられた。
本当に死にそうになっている東堂さんの生死を確認しながら誤解を解こうと、口を開いた。

『あの、私はただマッサー…』
「荒北、何をしている」
「福チャァン!!」

そしてまた、新たな声に弁解の声が掻き消されていく。
動かぬ無表情で休憩室へと入って来たのは箱学の主将、福富さんだった。

『…あの、』
「もう練習が始まる」
「!?もうそんな時間かヨ!」
「福ぅ…っ」

福富さんの言葉に、あっと時計を見れば既に七時を回っていて、時間が経つのはこんなに早かったかと少し疑った。
お兄ちゃんに引き寄せられたまま箱学の人達の会話を見れば、東堂さんはまだ泣いているようで今度は福富さんに抱き付いている。本当にどうしたのだろうか。

「?東堂…どうした」
「あー福ちゃん、その話はあとでネ」
「…ああ、分かった」
「じゃーねェ、音羽ちゃん」
『あ、はい…』

結局弁解をする暇は無く、誤解が解けたのかさえ曖昧なまま三人は練習へと向かってしまった。
軽い溜息を一つ付けば、途端に強くなる私の腕を掴む手。何事かと其方を向けば、焦った顔をしたお兄ちゃんがいた。

「音羽も早く練習に行くっショ!」
『お兄ちゃん落ち着いて…』
「落ち着ける訳ないショ!」

お前は一体何をとか、やっぱり言わなくていいだの言ってるお兄ちゃんに焦りつつ、御堂筋くんを見た。
御堂筋くんはいつの間にか着替えていて、先程練習していた時の汗はとっくに乾いていた。
私がじっと助けを求める様に御堂筋くんを見れば、彼は呆れたように腕を振り、出て行けと表した。

『み、御堂筋くん、また後で…』
「プププ…後で、があるとええねぇ…」
「音羽!!金城達が待ってるっショ!」

尚もニヤニヤと笑い続ける御堂筋くんに別れを告げ、半ば強制的に私は総北の元へと帰された。

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