弱ペダ

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「遅いぞー尽八、靖友」
「おかえりなさい」
「何故二人して仲良くパワーバーを食べているんだ!!」

福富に抱き付いたまま皆の所へ戻ると、新開と泉田が仲良く談笑しながらパワーバーを貪っていた。
先程の追跡行動から逃げた事についても咎めようと泉田に詰め寄ろうとした瞬間、荒北が怒りを極力抑えながら笑った。

「泉田…テメェ…よくも裏切ってくれたじゃナァイ」
「すみません、新開さんに呼ばれた気がして…」
「そんな訳ないだろう!!泉田!お前には音羽ちゃんを想う気持ちは無いのか!!」
「すみません…アブゥ…」

新開さん新開さんと、同じスプリンターの先輩として大好きだと尊敬する気持ちは分からんでもないが、流石に幻聴まで聞こえるとは。
心を鬼にして良くできた後輩を怒るのは久しぶりだ。良くできた後輩には、だが。不思議ちゃんを叱るのとは訳が違うんだ。

「こら、そんなに怒るなよ尽八」
「隼人は泉田に甘すぎるんだ!!」
「可愛い後輩だからな」
「新開さん…!!」
「茶番はその辺にしとけヨ」

荒北が深い溜息を吐いたのと、俺が先程会った事を思い出すのはほぼ同時だった。
福が何か話し出すのも気にせず、俺は話を遮り身を乗り出して大声を上げた。

「聞いてくれ隼人!!」
「…東堂チャァン…?福ちゃんの話遮ってんじゃねェヨ!」
「いだっ、いだだだだだあああ荒北!!」

何なのだこいつは!いつもいつもこの美形の顔や髪に手を出しおって。崩れてしまうと言っていると言うのに。

「靖友、それくらいにしてやれよ」
「荒北、東堂の話を聞いてやろう」
「福ちゃんがそう言うなら…」
「あれ?靖友、俺は?」
「ッセ!!おら、早く話せよ東堂」
「何故俺の扱いがこんなにも酷いのだ…まあいい、実はだな…」

隼人と福の言い分を聞いてか、荒北は以外にもあっさりと俺の頭を離した。全く、荒北は福の言う事なら何でも聞くのかとさえ思ってしまう。
取り敢えず俺は話し出したが、話が進むにつれ真波以外の全員の顔が歪んで行くのが俺には見えていた。





「……という、事なんだが」
「……ム」
「…おめさん、よくやったよ」
「なるほどねェ…」
「…あ、あ、アブゥ…」

俺達三年と泉田が俺が話した先程起こった出来事を理解し、焦り始めていた。泉田に至っては顔を真っ赤にして慌てている。
どうしたものかと五人で頭を悩ませていると、俺の話の間でもずっとニコニコとしていた真波がいつも通りの声音で言った。

「…何で皆さんそんな顔してるんですか?」

その言葉に、俺達は絶句した。
こいつは今なんと言った?分かってないのか?そうか分かってないのか。―――何故?
今の話の流れ、完全に御堂筋が音羽ちゃんに……つまりはそう言う事だっただろうに。

「ま、真波…何を、言って…」
「えー?先輩達こそ、どうしてそんなに焦ってるんですか?」
「そっそれは…だな、言っただろう…御堂筋が音羽ちゃんに、その、アレを…」
「東堂さん、何を勘違いしてるのか分からないですけど…」
「……?」

言葉を切っていつも通りの笑顔で、いつも通りの声音で、何言ってるんですかと笑いながら何でも無いように言った。

「多分それ、マッサージですよ」

真波の放った軽い言葉は、俺達の脳内に落ちて重く圧し掛かり、俺達はそれを理解した瞬間とてつもなく居た堪れなくなった。

「あ、あ、ぼ、僕は…何て事を考え…アブゥウウウウウウ!!!」
「いっ、泉田!!待て!おめさん練習は…ッ」
「すみません新開さんッ!今日はそっとして置いてください!!」

「荒北…俺は…」
「福ちゃん!?お、落ち着けヨ!?取り乱すなヨ!?」
「俺は…ッ!自分を恥じる…!!」
「ふ、福チャァン!!」

「ま、真波…そ、その…俺は、」
「あれ、もしかしてそういう事考えちゃったんですか?」
「う、うるさいぞ真波!!」
「もうっやだなー東堂さんってばー!」
「その話し方を今すぐ止めろ!!」

泉田は逃走、福はあまりの衝撃に硬直、俺はと言えば真波の追い打ちをかけるような言葉に更に居た堪れなくなっていた。
何て事だ、何て早とちりをしてしまったのだ。音羽ちゃんにも申し訳ない事をしてしまった。謝らなければ。
しかし今日の箱学は再起不能までにテンションを落としていた。もう今日は満足な練習は出来ないだろう。ああ、俺のせいで…すまない、皆。

「え、練習しないんですか?東堂さん一緒に山登りましょうよー」
「東堂チャンは再起不能だから俺が付き合ってやるヨ、不思議チャァン」
「あれ、荒北さんは元気そうですね」
「俺はそんな馬鹿な事考えて無かったからじゃナァイ?」
「目を合わせて言って下さい荒北さん」

元気なのはお前だけだよ真波。どこかボケているのに何故そういうところには頭が回るんだ。
いや、逆に言えば不思議ちゃんだからこそなのか。天使だからなのか。羽が生えているからなのか。

「音羽ちゃんに合わせる顔が無いよ…」
「いやちゃんと謝れヨ」

荒北に言われるのは何だか癇に障るが言っている事は正論だ。皆にも迷惑をかけてしまったし謝りには行かねばならんな。
取り敢えず今、すまなかった音羽ちゃん。

*
Side総北

「…で?何だって?」
「だから!音羽が御堂筋と…ッ!!」

巻島さんが慌てたように音羽を連れて来たのは、朝練が始まって10分後の事だった。
寒咲は何故音羽がいないのか知っている様だったが、まさか巻島さんが連れてくるとは思わなかったのだろう、ポカンとしている。

『お兄ちゃん、…落ち着いて』
「…音羽!一体何させられてたんショ!」
「え、え?ま、巻島さん、どっ、ういう…事ですか…?」
「音羽、何かさせたれとったんか?!」

巻島さん物凄い剣幕に、小野田も鳴子も焦って一緒に音羽に詰め寄る。
音羽と言えば三人に凄い剣幕で詰め寄られて驚いた顔のまま固まっている。

「一旦落ち着け、小野田、鳴子」
「落ち着け、巻島」

取り敢えず金城さんと一緒に迫っている三人を音羽から引き剥がし、やっと落ち着きを取り戻して来た巻島さんの話を聞く事にした。





「……って事があったんショ!!」
「…なるほどな」
「御堂筋、か…」
「な、なんやあいつそんな事しよったんか…」
「御堂筋…!!許さねぇ…ッ!!」

巻島さんの話を聞いて、俺は絶望するしかなかった。ふざけるな、あいつ…御堂筋、音羽に何をしようとしてたんだ。クソッ。

「あの…何故皆さんそんなに怒って…」
『そうだよ…特に今泉、どうしたの?』

苛立った俺の耳に届いた穏やかな声は極限まで戸惑っていた。そしてその声に、俺達は絶句した。特に巻島さん。
まさか今の話の内容が分かってないのか?いや確かに小野田は分からなくても理解できるような、出来ないような。
そんな小野田に対して、こいつ大丈夫かと言った顔をしながら巻島さんが恐る恐る話しかける。

「お、小野田…何言ってるんだヨ…」
「えっと…あの、その…皆さんこそ…何を、」
「それは…言っただろ、御堂筋が音羽にアレを…」
「まっ、巻島さん、何を言ってるのか分からないですけど…」
「……ショ、」

そして小野田は言葉を切っていつも通り焦りながら、ハッキリと俺達に向かって言った。

「多分それ、マッサージ…じゃ、ないですか…?」

小野田のその言葉は案外的を得ていて、下品な事を考えていた俺達は小野田の隣りでうんうんと頷いている音羽を見て自分で自分を殴りたくなった。

「金城…」
「ああ、田所…分かっている」
「ちょっと…外、行こうぜ」

「えっ、そ、え…ま、マジかいな…」
「子供か」
「こど…?!す、スカシこそそーいう事、考えてたんやないんかい!!」
「お前と同じにするな、顔赤いぞ」
「あ、あんな言い方されたら誰だってそう思うやろ!!」
「俺は思ってない」
「スカシが!!」

「……小野田、音羽…俺は、」
「ま、巻島さん!?」
『…どうせくだらない事、考えてたんでしょ』
「いっ、妹の事を心配するのは当然っショ!」
『ありがとう、でも御堂筋くんにも謝るべきね』
「え、あ、音羽ちゃん…そんなに言わなくても…」
「小野田…お前は本当にいい後輩っショ」
「え、えええええ!!?そ、そんなこと…、ないですよ!!」
『…誤魔化そうとして、』

「今日はもう練習は無理やなー、まずオッサン達がおらん」そう言いながら真っ赤な顔で笑っている鳴子も正直練習どころでは無い様だ。まあ俺もだが。
自分の兄に対して深い溜息を吐いている音羽の背を、じっと見つめる。俺達運動部からしたら随分小柄で、女の子らしい女子だ。
それがもし御堂筋に奪われたら、荒北さんに奪われたら、そう考えるだけでも自分の中から黒い感情が溢れ出てくる。

『…今泉?』
「っ!…ああ、悪い…何だ?」
『………』

ベンチに座って俯いたままの俺を覗き込むようにして顔を傾ける音羽の表情は先程笑っていたような明るい顔では無くて、

「?…お前、」
『今泉、ちょっと…話そう、』

その言葉が少し怖いと思ったなんて、まさか、まさか、俺に限ってそんな。

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