--陰陽の路--
□京の今日
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あぁ、また来れた。
そう思いながら、賑わう市へと歩を進める綺麗な男が一人。その髪は目と同じ栗色に、肌は雪のように白い。
ーーさて、何を買おうか?
思考を巡らせながら目で様々な品を見て回る。一目見て高級だと分かるような布や、胡散臭い呪-マジナ-い用の粉薬もある。何を買うという予定を知らずに、ただ見て回るというのも楽しいものだ。
??「あ!遥-ハル-、いたー!!」
不意に背後で声があがる。
遥。
私の名だ。
しかもこの声は聞き覚えがある。
くるりと振り向いてみれば、少年と一匹の動物がいる。
遥「…あぁ、昌浩か。あともっくん」
二人(一人と一匹?)が遥のところに来ると、少年が口を開いた。
昌浩(昌)「もー、先々行かないでよー。ここで探すのって大変なんだから」
愚痴をこぼしながら安堵の表情を浮かべる少年は、安倍昌浩-アベノマサヒロ-。
安倍家は代々陰陽業を生業としている。その中でも特に、安倍晴明-アベノセイメイ-は稀代の陰陽師と呼ばれ、大陰陽師だ。そのため昌浩はしばしば「晴明の孫」と呼ばれる。本人的にそれは大変不快なこと極まりないのだとか。
昌「全く、もっくんのせいだぞ? 雑鬼たちと話してるから」
もっくん(も)「お前だって話してただろー?それにお前が潰されたのが始まりだ!」
もっくん、と呼ばれたものは、犬のような兎のような体躯に、白い毛並みの動物。目は夕陽のような紅い色をしている。徒人には見ることも叶わぬ、異形のもの。
も「それにしてもだ。遥は目を離したらすぐいなくなる。少しは自覚しろよなー、自分が女だってこと…」
あ、飛び火がこっちきた。
うーん…
よし、こういうときは。
遥「……あ、こんなとこに柿がある。おじさん、これいくら?」
も「話をそらすなっ!!」
もっくんがべしっと私の頭を足蹴にする。痛い。地味に痛い。
そう、私は性別は女だ。だが、男の格好をしている。何故か?……動きやすいからです。
それに私には色気の欠片も可愛さの欠片も、女らしさというものが全く備わっていない。だから男の格好をしていても違和感がないのだ。哀しいような嬉しいような、複雑な気持ちだ。
…ていうか、当初の目的を忘れつつあるのは気のせいではあるまい。
遥「昌浩、今日はなに買う?」
昌「あ、そうだった。えっとね……」
そう言って慌てて袂を漁る昌浩。やっぱりすっぱりきっぱり忘れていたようだ。
少しして出てきたのは紙の端切れ。
ぽつぽつと達筆な文字が書かれたそれを、昌浩はこちらへ寄越した。もっくんが肩にのって覗き込んでいる。その目線に従って自身も文字を追っていった。
『・肴 二匹
・布 一反
・酒 一升
他、必要あらば買うて善し』
遥「…これ、じい様が書いた?」
も「…だろうな」
なんというか、これは。
何をするのかが何とも分かりやすい。
おおかた、月見酒だろう。
遥「あの齢でまだお酒を飲むのか」
確かもう60はとうに越しているはずだ。本当に妖狐の子供なのだろう。
たが、半妖とは言えども半分は人間だ。いつ何があるか分からない。それを本人が分かっているのかどうか……。
物凄く怪しい。
昌「遥?険しい顔というか遠い目してるけど大丈夫?」
目の前に昌浩の顔があった。考えに浸りすぎたようだ。
遥「大丈夫大丈夫。私よりじい様の方を心配してあげたら?」
ひらひらと手をふり言った言葉に、昌浩は苦虫を噛み潰した顔をした。
昌「心配するだけ無駄だろう」
なんて言ってるが、ちゃっかりじい様の健康を一番労っているのが昌浩だったりする。素直じゃないなぁと思いつつも、そこが可愛いと思えてしまう。
遥はそんな心情は内に秘めつつ、でもさ、と言葉を続けた。
遥「流石にもういい年だ。ちゃんと御老体を労って頂かないと」
ねぇ、ともっくんに同意を求めた。
うんうんと頷いていたが、はて、と首を傾げた。
も「まぁ俺もその意見には賛成だが。この必要あらばって何買えばいいんだ?」
三人は同時に首を傾げた。