兎さんと蜘蛛さんの甘い日常
□狼さんはお母さん
1ページ/1ページ
「あ、おはよう、靖友君」
「ん?アァ、茜チャンじゃナイの。オハヨ」
俺より頭1つ分以上下にある、小さな頭を撫でる。
東堂の幼なじみである茜チャン。
小さくて、いつもぷるぷる震えていて。
東堂と一緒に教室に行くために、ほぼ毎日こうして部室前で待っている姿は、本当に親の帰りを待つ子兎のようで。
(…コレで、付き合ってネェんだから、びっくりだヨナ)
「尽八君、まだ来ないけど…、今日は、遅いんですね…」
タメなのに敬語が完全に抜け切れてないところとか、俺が頭を撫でる度にビクビクするところとか見ると、同じ学年だとは思えない。
(つーか、ホント健気だネ)
「茜!すまない、遅くなった!」
東堂が来て、一気に明るくなる茜チャン。
「全然待ってないよ、お疲れ様」
「いつもすまないな」
なんてハタから見れば恋人同士同然の会話をするもんだから、最初は驚いた。
「じゃあね、靖友君」
小さく手を振る茜チャンに、軽く片手を上げる。
妹みたいで、何となく守ってあげたくなる茜チャン。
そんな茜チャンが、
「あ、の…、や、靖友君…。その、そ、相談が、あるんだけど…、いい、ですか?」
なんて言うもんだから、思わず持っていたベプシがパキッと音をたてた。
ビクビクしているのはいつもと変わらないが、真っ赤に染まった頬に、熱を帯びた瞳。
ビクビク、いやどちらかと言えば、モジモジしているようにも見える茜チャンは、いつもより小さく、そしてか弱く見えた。
「そ、相談ってナンだヨ…」
少し声が裏返っちまった。
ゴクリと生唾を飲む。
(まさか、ついに東堂に告白するとか、言うんじゃねぇヨナ…)
悪いことは言わない。
東堂はヤメロ。
東堂は本気で茜チャンの事を幼なじみとしか思ってない。
この前、自慢げに「茜は俺の大切な幼なじみなのだよ!ハハハハ!」と高笑いしていた。
「あの、ね…」
「…オウ」
「れ、レース、見に行くときって、ど、どんな格好で、行けば、いいんですか?」
「………は?」
間抜けな声は、間違いなく俺の口から出たものだった。
詳しく話を聞けば、総北のクライマー、確か巻島とか言った奴に、レースを見に来いと誘われたらしい。
最初は自分で考えていたが、レースに誘われるのは初めてで。
どんな格好をしていけばいいか分からず、誰かに聞こうとして、俺の所に来たってワケか。
(…茜チャンらしいネ)
バカ正直で真っ直ぐな茜チャンが相手だからこそ、「テキトーでいいんじゃナァイ?」なんて言葉は出なかった。
「ふ、フリフリした、スカート、とかは、うざいかな?やっぱり、普通に、ズボンとかの、方が…」
顔を真っ赤にしながら、言葉をつなげる茜チャンは、幼なじみの友達を応援しに行くというよりは、好きな男の応援に行くようにしか見えず。
「茜チャンさぁ…、ソイツの事好きなんじゃナイ?」
「へっ?」
思っていたことが口から出てしまうと、茜チャンは間抜けな声を出した。
「ち、違うよっ!…あの、巻島君は、尽八くんの、親友で…、だから、その…」
「アー、分かったよ」
頭を撫でれば一度黙り込んで。
「ほ、本当だからね」なんて説得力のない顔で言われても、信用できるはずもなく。
(ナンか、複雑…)
娘に彼氏を紹介された親はこんな感じなんだろうか。
なんて事を思ってしまう俺は、色々と重傷だ。
「取りあえず、あんまり高い靴は履かネェ方がいいダロ。峰ヶ山は高低差が結構あるからナァ」
「わ、分かりました…」
「あと、レース後の檸檬の蜂蜜漬けは最高ダ」
「れ、檸檬の蜂蜜漬け…」
どこから出したか分からない手帳に、一生懸命文字を書いている。
(まぁ、茜チャンがイイなら俺はいつでも協力すっけどナ)
小さな決意を胸に、俺は茜チャンの質問に(あくまで自分の意見で)答えていく。
狼さんはお母さん
((茜チャンに好きな人、ネェ))
(?、靖友君?)
((…別に、寂しくネェし))