兎さんと蜘蛛さんの甘い日常
□蜘蛛さんとのやりとり
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尽八君の『大切な人』。
気にならないわけなかった。
尽八君とは家が隣同士で、小さい頃は尽八君の家である旅館によく行き来していた。
両親達も仲良くて、私と尽八君も仲良くなるのに時間はかからなかった。
私にとって尽八君は、いつも守ってくれるお兄ちゃん、隣にいるだけで安心する家族のような存在で、昔から大好きだった。
そんな尽八君が高校に入ってからよく口にするようになった『巻ちゃん』さんの存在。
暇さえあれば巻ちゃんさんに電話している毎日。
そんなある日尽八君に
「じ、尽八君にとって、巻ちゃんさんって…、どんな存在、なの?」
と聞けば顎を手に乗せ「うーん」と少し考えた後。
「巻ちゃんは大切な人なのだよ!」
と言うもんだから、頭に鈍器をぶつけられたような衝撃が走った。
彼が居なくなった後、尽八君のチームメイトでもある新開君に巻ちゃんさんの事を聞けば。
「巻ちゃんは…、モデルも羨むような長い手足と、綺麗な髪に…。あ、あと目の下のセクシーほくろが印象的だったな」
なんて私が想像していた以上の答えが返ってきて、更に衝撃が走った。
(巻ちゃんさん……。幼なじみとして、一度、どんな人か…見ておかないと…!)
巻ちゃんさんがどんな美貌の持ち主であろうが、尽八君に大切にされていようが、私は現実から目を逸らさない。
普段は見に行かないレースに「連れて行って!」と言えば「いいだろう!茜には巻ちゃんの事を紹介したいしな」なんて言うから、じわりと手に汗が滲んだ。
それから数日後。
尽八君が参加するレースに巻ちゃんさんも出るらしく、新開君に『今から、巻ちゃんさんに会ってきます』とメールを送れば『巻ちゃん見て、びっくりしないようにね』と返信が来て、ますます緊張してきた。
それなのに。
尽八君に紹介された巻ちゃんさんは別の意味で私の期待を裏切った。
(確かに手足長いし、綺麗な髪の毛だし、セクシーほくろだけど…!)
巻ちゃんさんは、男の人でした。
「つーか『巻ちゃんさん』はやめるっショ」
「あ…、巻ちゃんさんは、お名前、何て言うんですか?」
「……巻島、裕介」
(巻島、裕介君…)
頭の中で一度名前を呼ぶ。
(…だから巻ちゃんなんだ)
尽八君のつけたあだ名に納得。
「じゃあ、巻島君で、いいですか?」
「……別に、いいっショ」
(尽八くんの、ライバルであり親友…。私も、仲良くなりたいな…)
顔には出していないつもりだったのに、巻島君はポケットから携帯を取り出して「交換する?」と聞いてきたからびっくりした。
こくこくと頷いてバックから携帯を探す。
でもこういう時に限ってなかなか見つからなくて。
(あ、あれ?…携帯、どこだっけ?)
がさごそとバックの中を探すが目当ての物は出てきてくれない。
待たせてはいけないという焦りからか、視界が滲む。
手が震える。
「そんな焦んなくても、待ってるから。ゆっくりでいいっショ」
「あ、はい…。ご、ごめんなさい…」
目線は合わせてくれないけど、巻島君の出す雰囲気が「ゆっくりでいい」と言ってくれている気がして、何だか安心する。
(………あ、)
目的のものはバックの中にはなく、ポケットの中に入っていて、ポケットから出すと巻島君は「クハッ」と笑った。
(わ、笑われて、しまった…)
「す、すいません…」
「いや、いいっショ」
巻島君の携帯に自分のそれを近付ければピロリンと無機質など音が響く。
『巻島裕介』の文字を確認して。
「じゃあ、私、送ります」
「……ン、」
今度は巻島君の携帯から音が鳴って。
思わず笑みがこぼれる。
蜘蛛さんとのやりとり
(お前たち、俺の存在を忘れていないか?)
(…あ、ごめん、尽八君)
(…まだいたのかよ)
(巻ちゃんヒドい!)