語物語

□最終話
1ページ/1ページ



「だからさ、その態度が気にくわないって言ってるの」

もう一回言おうか?と紡いだ扉の唇は、止まることを知らなかった。
冷え切った空気でも、扉の言葉は続いていく。

「まるで自分だけが大変で、自分だけがしんどくて、自分だけが困ってるみたいな、そんな態度が気にくわない。そんなに大変でしんどくて困るんなら、一層の事バスケなんて辞めちゃえばいいよ」

発せられた言葉に、高尾はお前になにが分かる、と思う反面、それはそうだと感じた。どうせ忍野扉に高尾を助ける気がないんなら、高尾の手足はもう動かないだろう。好きだったバスケも、今は苦痛でしかなかったのだからーーーー。と、諦め掛けた高尾の思考を遮るように、パァンとなにかが弾けたような音がした。

緑間が、忍野の頬を叩いたのだ。


「み、どりま…?」
「やかましいのだよお前ら!
さっきから人の預かり知らぬところでぐちぐちと…、意味が分からないのだよ!」
「ったいなぁ…。だから、真くんに夜雀が見えないのは当然なんだってば」
「あぁ、俺にはその雀は見えない。影も形もない。しかし、高尾の頑張りは、お前よりも遥かに知っている」

緑間はいつにも増して、言葉を続ける。

「高尾は吐くほど練習するし、泣くぐらい必死だ。そして、誰よりも頑張っている。だから一年でレギュラーにもなれたし、鷹の目を使いこなせている。いつもしんどい癖に、誰のことも気にかけて、それでも笑顔だ。まぁ、その笑顔がたまにむかつくのだがな」


高尾は唖然とした。
まさか、あの緑間が自分のことをこんなに褒めているだなんて、ありえなかったからだ。自分の為に、小中高と一緒の幼馴染を叩くとは思わなかったからだ。

「叩かれ損だよ、まったく。
ほら、こんなごーまんちきのえばりんぼでわがままな真くんが、こーんなに人を褒めちぎってるんだから、高尾くんもそろそろ『本音』言ってみたら?」


本音、本音。
高尾の頭でその言葉だけが巡っていた。

「お、れは…、目だけで判断されたくなくて。だってあんなに頑張ったのに、色々我慢して、辛くて、苦くて、痛くて。なのに、あんな好き放題いわれて、だけどキレるのは俺のキャラじゃないから隠して。宮地さんとかに大丈夫か?って聞かれても、こんなことで弱音吐いてちゃダメだって。だけど、辛くて、痛くて。
だからある時願ったんだ。『こんな痛み、苦味なんてなくなってしまえ』って」


それが原因で、雀は囀った。
ありもしない雀は、高尾の願いをきいて、苦味と痛みを吸い取った。
高尾の願い通り、思い通りに。


「ごめん、なさいっごめんなさいっ…!!痛くてもいい、辛くても、苦くてもいいから!頑張るからっ…!俺の苦味と痛みを返して下さい!!」


高尾はありもしない雀に平伏した。神経の通っていない、動かない手足をめいいっぱい動かして、精一杯の形になっていない土下座をした。
ぽたぽたと、ベッドのシーツを涙でひどく濡らしていた。



ーーーーーーーー


「これが本当の枕を涙で濡らす!」
「シーツなのだよ馬鹿め」
「真くーん、そこツッコむとか一周回ってハイセンスだよー」

体育館の入り口でバスケ部の朝練を見ていたら、真くんが近づいてきて、何をするわけでもなく隣へ来た。真くんの綺麗な瞳は、レンズ越しに、私と同じく体育館を悠々と眺めている。

「で、高尾くんは今日から復帰だっけ?」
「あぁ、あそこに居る」
「大丈夫かな?」

その問いかけに返事はなく、あるのは高尾くんを眺める視線の存在と、バスケットボール特有のダムダムという音だけだった。
視線の先の高尾くんは、先輩たちと混じって練習していた。

「おいおい、高尾のやつまた先輩たちに媚び売ってるよ」
「連続で休んでたのも、病気とか言っといて本当は仮病だったりしてな?」


夜雀がいなくなったらすぐこれだ。
私はやれやれ、という風だったけれど私の横は違った。いつも通り澄ましていると思ったら、それは大違いで、瞳はひどく揺らめいていた。今にもその罵声に飛びかかりそうなくらいである。
けれど、真くんが飛びかかる前にその罵声の中に入って行った人が居た。高尾くんだ。

「よぉ、ひさしぶりー」
「お、おう。久し振り」
「病気、だったんだってな…」
「そうそう、大変だったんだよー。節々とか超痛くてさー…ーー」

あんなに高尾くんに嫌悪感丸出しだった部員達も、高尾くんの軽くなった雰囲気にいつの間にか心を許し、話も弾んでいた。
その様子をただただ見ていた私達は、少しだけくすりと笑い、真くんは安心したのか練習へ戻って行った。うん、今日も真くんのスリーポイントシュートは綺麗だ。

いつも通りの日々が戻ってきた音がした。





.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ