海賊長編2/雨のち

□奇跡が起こる五分前
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男と猫が出会ったのはバケツをひっくり返したように土砂降りの日だった。この天候であるにも関わらず傘を差さずに歩く男は何とも異様で、そこだけ別次元であるかの様にも見える。その男を良く見ると手に傘が握られており、それがまた彼の異様さを際立たせていた。男は濡れた髪から雫を滴らせながら、漫画のように段ボールに入った猫をボンヤリと眺めた。ああ、かわいそうに。小さな身体をブルブルと震わせ、それはそれはか細い声でニャアー・・・ニャアー・・・・と鳴いている。

「お前も捨てられたのか?」

男はしゃがみ込んで猫に手を伸ばした。猫は突然現れた男から逃げるか逃げまいかを迷っている様子であった。

「――奇遇だな、おれも、だよ」

そう言った男から流れたモノは涙か雨か。始めこそ威嚇していた猫も 優しく撫でる手に安心したのか、グルグルと喉を鳴らした。そんな様子に男は小さく笑みを零すと、猫を抱き上げた。

「おれの所においで。おれはお前を捨てたりしないから」

そう言った男に猫は小さく体を預けた。男はまだ濡れていない傘を広げると、小さく白い息を吐き出した。

「―――帰ろう、」

そう言った男の声は微かに震えていた。


―――・・・


男が住む家は小洒落たマンションである。男は濡れて汚れているにも関わらず、それを全く気にすることもなく家に上がった。雨の雫が床を汚す。男は床が汚れようが何しようがどうでもよかった。男は風呂場に向かうと、埃や雨風で汚れた猫の体を温めるように丁寧に優しく洗った。最後に嫌だ嫌だと鳴く猫をなだめながらドライヤーで乾かし、頭を撫でた。

「ほら、終わったよ」

猫は一声、ニャア!と鳴いた。何を言ったかは分からない。お礼だったかもしれないし、文句だったかもしれない。(ドライヤーのときにあれだけ鳴いたのだから文句である可能性の方が大きいのだが。)ただ、男の気持ちは、ほんの少しだけ軽くなった。

「何か食べ物を・・・」

猫が食べれそうな物を台所で探すが、何が食べれて何が食べれないのかがサッパリわからない。男は机に出しっぱなしだったパソコンで検索し、かろうじてあった猫の食べれるものを小皿に小さく盛りつけた。

「美味しいか?」

猫はまたニャッ!と鳴いた。男は邪魔かもしれないと思いつつも、食事中の猫に手を伸ばした。案の定 猫は嫌そうに男を見たが、それ以来背中をピクピクと動かすだけなのでそれを良しと見てゆっくりと撫でた。

「お前、こんなに綺麗なのに捨てられたのか?このくせっ毛の眉毛も可愛いのに」

男は、くるくると巻いた眉毛を指で弾いた。猫がニャアと鳴いた。今度こそ「やめろ」と言っているのだろう。表情のあるはずのない猫のしかめっ面が見えた気がして「ごめん」と小さく笑うと、猫はじっと男の顔を見つめた。

「・・・・・どうした?」

男を見つめていた猫はフイッとそっぽを向くと何事もなかったかの様に小皿に顔を近付けた。なんとなくその様子を眺めていた男は不意に窓を見上げた。外は相変わらず土砂降りである。窓に強く打ち付ける雨は暫く止みそうにない。この中を男も猫も傘を差さずに歩いていたのだ。

ふと、視線を感じた男は猫に視線を落とした。何か言いたげな大きな目に見つめられ、男はいたたまれない気持ちになった。

「・・・・・・おれも、風呂に入ってくるな、」

男は力無く微笑むと、猫の頭を軽く叩いて去っていった。


―――・・・・


男が風呂から上がると、猫はソファの隅で小さく丸まって眠っていた。近づく男の気配に猫は目を覚まし、ニャー・・・と鳴いた。

「そんな寒いとこじゃなくて、ベッドに入りなよ」

ガリガリにやせ細った猫を抱きかかえてベッドに入れると、猫は喉をグルグルとさせて満足げに鳴いた。男は疲れていたのか、暖かい猫の体温を感じながらすぐに夢の中に落ちていった。

その様子を見ていた猫は思った。

今日出来た大きな大きな恩をいつか返せたらいい、と。


01:奇跡が起こる五分前




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