忍たま長編1/勿忘草

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夢を見た。
おれの名前を誰かが呼んでいる。大声で、悲痛さが伝わる、大声で。
誰が叫んでいるのかが知りたくて、手を伸ばそうとした。目を開けようと、口を開こうとした。でも、全部できない。どんどんと遠くなる声に、おれに沈んでいく感覚が襲った。

「……、…、渚!」

ハッと意識が浮上した。両肩には潮江の手があった。

「しお、え…?」

今は何時だろうか。橙に染まった教室には誰もいない。

「大丈夫か?ずいぶんと呻されていたぞ」

「…あぁ、夢見てた」

なぜか潮江がそばにいることに安心した。

「誰かがおれの名前を叫んでたんだ。」

潮江の手がおれの背中をさする。それだけで酷く安心した。

「それが誰か知りたくて、手を伸ばそうしたんだ、でも、できなくって、目も、口も開かなくって…」

潮江の手が一定のリズムでおれの背中を軽く叩く。母親が小さな子供をあやすように。

「…すげぇ不安で、」

悲しかった。また、繰り返すのか、と。
初めて見る夢じゃない気がした。酷く悲しくて、誰も幸せになれない、それ。

「…渚、」

潮江があまりにもおれの名前を寂しそうに呟くものだから、ゆっくりと潮江を見た。

「渚、」

潮江はおれの名前を呼ぶだけで、他には何も言わなかった。それはどこかで聞いたことがあるような、声色だった。



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