忍たま長編1/勿忘草
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珍しく忍術学園組が集まり、教室で留三郎主催のお菓子パーティーが開催している。じゃんけんに負けた伊作が全員分の飲み物を買ってきたのはつい先ほどだ。正直、そんな気分じゃないおれはその様子を第三者として見ている。
「文次郎は機嫌が悪いな!!どうした!!」
小平太が珍しくおれの様子を持ち前の馬鹿みたいな明るさを捨てずに尋ねてきた。少々驚いたが、それどころじゃなかった。
「…渚は記憶、戻した?」
「全くだな。悪気なしに文次郎にグサグサと刺さる言葉ばかり言うからな」
「悪気なしってのは厄介だな」
「まったくだ。少しでも早く記憶が戻ればいいんだが…」
伊作の問い掛けにおれの代わりに仙蔵が答える。留三郎も今回ばかりは気にかけているのか、サイダー片手に神妙な面持ちをしている。
「…………そのことなんだが、」
今まで少しも口を開かなかったおれの声に全員の視線がおれに向いた。
「…………そのことなんだが、おれは渚の記憶が戻らなくてもいいと思っている。」
そう言うと、空気がピンと張った。下を向いていた目を上にあげ、全員を見渡した。仙蔵はおれの真意を探るように無表情を装い、伊作は驚きで目を見開いている。留三郎は怒気を含んだ表情を見せ、小平太は獲物を狩る前の静けさを纏い、長次はいつもと変わらず無表情に観察している。
「……なんで、」
そう呟いた伊作の声は微かに震えていた。
「……おれは、渚が生きていればいい。このままおれとのことを思い出さずとも、寿命が延びたこの日本で、渚の近くにいれたらいい。もしもこの先、渚に大切な人ができて、子供が出来てもいい。その近くで、渚が生きている近くで、その姿を見守れたらいい。それだけでいい、おれは、ただ、渚が生きていてくれさえすれば、おれは幸せだ、」
前世では、あれから渚のいない日々を過ごさざるを得なかった。こいつらとは、プロの忍者になってもずっと仲間だった。運よく敵にならなかったし、忍術学園でよく後輩指導をしたものだった。ただ、おれの隣には渚がいなかった。あの頃は、柄にもなく、プロになってもコンビで任務を真っ当するものだと思っていた。共に過ごすことを約束していた。忍者の三禁を破ってでも、大切にしたい、愛しいと思える者だった。恋人が死ぬのを目の当たりにするなど、決して味わいたくない。もう、二度と、絶対に。あの頃は共にいたくても叶わなかった。あの頃は生きた姿を、元気な姿を見たくとも叶わなかった。それが、今は叶っているのだ。愛して止まない、愛しい者が手の届く距離にいるのだ。これ以上、何を望むことがある。
「………それで、本当にいいのか、」
静かに、凛とした仙蔵の声が響く。
「………あぁ、」
本当は、記憶が戻ってほしい。戻って、前みたいに、おれにしか見せないあの笑顔で「文次郎」と呼んでほしい。しかし、それ以上に生きていてほしい。それだけでいい。恋人のように接吻出来ぬとも、抱きしめられぬとも、それでもいい。ただ、生きてくれさえすれば。
「……まぁ、文次郎はそう言っても戻ってほしいだろう!諦めるなんて文次郎じゃないからな!」
今までの張り詰めた空気を跳ね飛ばすかの如く、明るい声を出した小平太がニッと笑った。
「…そうだよ!何か方法はあるはずだよ!僕らも手伝うから頑張ろう!」
「これこそ戦う高校生だ!!」
「…………心配するな、」
次々と言葉をかけられ、多少弱気になっていたものが奮い立たされた。
「…仲間とはありがたいものだな、」
「…あぁ、」
いつの間にか再開されたお菓子パーティーを余所に外を見ると茜色の空が広がっていた。
「渚も一緒にお菓子パーティーできるといいね、」
伊作の呟きに、ニッと笑って目の前にあるお菓子を掴んだ。