忍たま長編1/勿忘草

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手掛かりがないというのは、どうしようもなく不安な事なんだと初めて知った。だいたい、何故自分たちには物心ついた頃から戦国時代の記憶があるのかという事すら分からないというのに、渚の記憶を蘇らせる手掛かりなんてあるはずがないのだ。ただ毎日を共に過ごし、時が流れ、何らかの拍子で思い出してくれることを祈るしかない。なんとも焦れったく、焦燥感にかられることか。大口叩いて、渚の記憶が戻らなくても、一緒にいられるだけでいいなんて言ったものの、やはり焦ってしまうものは焦ってしまうのだ。いつ、渚が他の誰かを好きになってしまうのか分からないのだから。

俺は今、当たり前の様に渚が好きだ。この好きだという感情はあの頃の名残であり、また、そうではない。何が言いたいかというと、あの頃の渚だけが好きなわけではなく、今の渚も好きだということだ。いや、今の渚を含め、彼そのものが好きなのであり、昔であろうが今であろうが関係ないのだ。全く、関係ないのだ。

忍者の三禁を破ってまで共になりたかった相手を手放すなんて、到底出来そうにない。執着ではない。そうではないのだ。どうしようもなく大切で、心の底から愛しい。俺には渚以上に大切に思える人に出会えることはないだろう。渚もまたそうであれば嬉しい、のだが。


「しおえー」

眠いのか、ふにゃりとした声を出した渚に視線だけを寄越すと、またふにゃりとした笑顔が帰ってきた。珍しい。こんな表情をするところを俺は、初めて、見る。あの頃は、気を緩めることがなかった。あの忍術学園内ですら、常に周囲に神経を張り巡らせていた。いつ、誰が、どのタイミングで敵として現れるのは分からないのだから。

「なんだ?」

「眠いよー・・・」

あの頃と同じだけ生きているのに、こんなにも幼い表情を浮かべる渚が愛しく、また少しだけ面白い。ああ、そうだ、時間の流れが違う。あの頃と今とでは全くもって時間の流れが違うのだ。

ふにゃりとした表情をした渚に触ろうと手を伸ばして、寸前でやめた。触れなかった。触ってしまったら離せなくなってしまう気がした。

大切だと思う。手放したくないと思う。強く抱きしめたいと思う。一緒にいたいと思う。長く生きてほしいと思う。幸せになってほしいと思う。だけど、俺と一緒にいることが彼の本当の幸せではないとすれば?大切で大切で仕方がない渚の幸せが、他の誰かと一緒にいることだったら?俺は渚を手放さなければならない。こんなにも大切で、愛している人であろうとも。渚が選んだ相手なら、俺は「親友」というポジションで、渚を守り続けなければならない。

―――くそっ・・・!!

そんなこと、出来るわけがない。だって、ようやく見つけて、ようやく自由に生きることが出来る世界にいるのに。忍者のように秘密ばかり抱えなくていいというのに。それなのに、俺はまだ秘密ばかりを胸に積もらせ、生きている。

なぁ、渚。
俺にあの頃のような笑顔を見せてくれ。あの頃のような甘い顔を俺に見せてくれ。あの頃のような愛しさを含めた声で俺の名を呼んでくれ。

「・・・潮江?」

「何だ?」

「・・・・いや、何でもねぇ」

「・・・そうか、」

なぁ、渚。お願いだ。もう一度、もう一度だけでもいい。「文次郎」と、そう呼んでくれ、

暖かな色に染まる教室で握りしめた拳は色を失い、静かに震えていた。




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