短編

□夢から醒めても
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おれがバイトを始めたのは種島と同じ頃だ。その時にはもう佐藤さんも相馬さんも轟さんもいたし、その時にはもう佐藤さんは轟さんのことが好きだったらしい。佐藤さんが轟さんを好きだと気づいたのはおれが佐藤さんを好きになったあとだった。だからおれはずっと片思いだ。これからも、ずっと、ずっと。


おれは客が全く来ないので、暇つぶしにとキッチンに向かった。キッチンに行けば佐藤さんと話せるので、おれは客が来ない時はキッチンに行く。今回もそれだ。

キッチンの中に入ろうと思ったとき、中から轟さんの声が聞こえた。おれは何故か中に入ることが出来ず、壁にそっと隠れた。

「佐藤くんは好きな人いるの?」

聞こえてきた会話にドクンと心臓が跳ねた。

「………。」

「杏子さんはダメよ!」

「…はぁ… 誰もそうだと言ってねぇだろ」

「あら、だったら誰かしら…?ぽぷらちゃんかしら?」

「…あのな、轟。おれがどうだろうと関係ないだろ」

「あら、関係あるわ!だってバイト仲間じゃない!」

轟さんは佐藤さんの気持ちに気付かない。それを佐藤さんは苦しんでいる。それはわかってる。轟さんは店長のことが好きだ。それは恋愛感情か尊敬の感情かなんておれにはわからない。今のところ佐藤さんの恋が叶う確率は低いにしろ、無きにしもあらずだ。それに比べておれの恋の叶う確率は低すぎる。もはやゼロだ。おれはどう足掻いても男だし、普通、男は男を好きにならない。佐藤さんと轟さんは男と女だし、この先何があるかわからない。

「竹本くん、」

おれの肩に相馬さんがそっと手を置いた。佐藤さん達に気付かれないように声が殺してあった。

「手、血が出るよ」

「え…?」

いつの間にか握り締めていた拳は、力の入れすぎで小刻みに震えていた。手を開いてみると爪の跡がくっきりとついていた。

「向こうで話しをしよっか」

「…はい」

連れて来られたのはロッカー室だった。ここなら休憩中でもあまり来ない場所なので人は来ないだろうという相馬さんの稀に見る優しさだった。

「まずはさ、泣きそうな顔をどうにかしなよ。みんな、心配するよ」

相馬さんが持っていた手鏡をおれに向けた。鏡に映っているおれはなんとも情けなく顔を歪めていた。

「佐藤くんのことまだ好きなんだね」

「…はい、」

「アドバイスしてあげようか?」

相馬さんはにこりと微笑んだ。その笑顔は黒くなく、純粋におれを励まそうとしてくれているのがよくわかる。

「…ありがとうございます。でも、いいです。」

「ん?」

「どうにもならないことですから、」

おれには諦めるしか道はない。

「……。そっか、じゃあもう少しだけここに居なよ。みんなには少し気分が悪いみたいって言っておくね」

「ありがとうございます」

相馬さんがロッカー室から出て行ったあと、おれは壁に寄り掛かりながらしゃがみ込んだ。自分の不甲斐無さが嫌になる。おれは告白することも、諦めることも出来ずに一人でぐるぐると苦しんでいる。

「もう、嫌だ…」

どんなにおれが佐藤さんを想っても、佐藤さんは轟さんが好きで、おれの気持ちなんて伝わらない。なんでもおれの独りよがりで希望なんて、ない。自然と目頭が熱くなり、ぽたぽたと涙が落ちていく。この涙と一緒におれの気持ちも流れてしまえばいい。こんな気持ち、もう、おれには抱えきれない。


ガチャ…とドアの開く音が聞こえ、誰かが入ってきた。おれは泣いているところを見られたくなくて、急いで袖で涙を拭き取った。

「なんで泣いてんだ」

上から降ってきた声はおれの恋い焦がれている佐藤さんで。

「いや、なんでもないです」

おれは立ち上がり、佐藤さんに向けて笑ってみせた。

「それがなんでもない顔か?話、聞くぞ」

佐藤さんはおれの気持ちには気付かないくせに、こういうことには敏感に感じ取る。いつもなら、そんなところも好きだと思えるのだが、今は無理だった。今は怒りと大声で泣きたい気持ちが沸き上がってくる。

「…そんなの、」

一回止めた涙がまた滲み出てくる。

「佐藤さんに言えるわけないじゃないですか!」

一回溢れ出した想いを止める術をおれは知らない。

「佐藤さんはおれの気持ちに全然気付かないですけど!おれはずっと、ずっと…!!!」

いつの間にか握った拳にまた力を入れた。

「竹本…?」

「佐藤さんが轟さんのこと好きなのは知ってますよ、でも、だからって、この気持ちに諦めなんてすぐにはつかないし…!おれだって、ちょっとは希望くらい持ちたいですよ!!」

おれは佐藤さんを見ていられず、佐藤さんの靴を見つめていた。

「ずっと前から佐藤さんのこと好きだったんです!!」

これを言えば佐藤さんと今まで通りにいかなくなるなんてわかっていた。だからおれはこの気持ちを外に出そうなんて考えていなかったし、苦しくても、軽蔑の目で見られるよりかは何倍もマシだって自分で押さえていたはずだったのに。

「すいません、気持ち悪いですよね」

さよなら、おれの恋。さよなら、佐藤さん。

「もう佐藤さんには近づきません。なので、安心してください」

未だに動かない佐藤さんに苦笑し、おれはロッカー室を出ようと佐藤さんの横を通り抜け、ドアに手をかけた。

「…本当に、すいません」

ドアを開けかけたとき、いきなり手首を掴まれ、後ろに引かれた。

「佐藤さん…?」

佐藤さんはおれの手首を掴んだまま動こうとしない。

「おれは、」

「…はい、」

佐藤さんがどういう表情をしているのか、おれには見えない。

「確かに轟が好きだ」

「…はい、」

ズキン、ズキンと胸が痛い。ただでさえ胸が抉(えぐ)られるような痛みを堪えていたのに、どうして追い撃ちをされないといけないんだ。

「…でも、それはもう恋愛感情じゃなくて、普通の感情だ」

「え…?」

「おれはとっくの昔にそういう感情は無くなってた」

掴まれたところが熱い。

「お前のこと、好きだ」

夢では何度も見たこの光景。夢でしか見ることを、聞くことを許されなかったこの言葉。

「…夢だ…これは夢だ、現実じゃない、期待しちゃ駄目だ…!」

おれは佐藤さんの手を握り締めた。

「やめてください、もう、夢ですら、幸せに感じない…!!惨めになる…!!」

もう、夢から覚めたときの虚無感は味わいたくない。

「離してください…!!!」

「竹本!」

次の瞬間、おれは佐藤さんに抱きしめられていた。涙が溢れ出す。

「本当に、お前が好きだ。夢じゃない。おれを見ろ!」


夢から醒めてもおれを見て


体全体から感じる暖かさは夢じゃないことを物語っていて

「佐藤さんおれ本当に大好きです…!!」

「あぁ、」

「大好きです…!!」

「おれもだ」

「佐藤さぁん…」

佐藤さんの胸にしがみつきながら泣くおれの頭を佐藤さんはずっと撫でてくれた。

「落ち着いたか?」

「はい…なんか、すいません…」

なんだか申し訳なくて佐藤さんをちらりと見ながら謝ると、佐藤さんはふわりと微笑んだ。

「謝るなよ、竹本」

その微笑みがあまりにもかっこよくて、顔が熱くなる。

「…名前で、呼んでください。…潤さん」

潤さんは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい眼差しに変わった

「翔太」

「はい、潤さん!」

潤さんから発されるおれの名前が嬉しくて、にこりと微笑むと、潤さんの顔が赤くなった。

「潤さん…?」

「お前、今の反則」

潤さんはおれの体を引き寄せると、優しくキスをした。

「…大好きです」

「あぁ、おれも大好きだ」




ロッカー室ドア前

「ふう、やっとくっついたよ」

「最初は何事かと思いましたよ」

「竹本さんも佐藤さんもよかったねぇ!」

「山田、感動しました!」

「竹本さん達、いいなぁ」

「八千代ーパフェー」

「はい、ただいま〜」





5万打リクエストで朔弥さまへ、

佐藤×男主でバイト仲間の男主の片思いから恋人になる切甘


長くなりました。切甘にしたつもりです。少し男主が重くなったかな…?と思いましたがどうでしょうか?

リクエストありがとうございました!




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