短編

□攻守交代
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放課後の教室。キッチリと隙間なく窓枠にはめられた、割りと大きな窓ガラスから射し込んでくる、暖かい印象を与えるオレンジ色の夕陽。
……確か夕陽が真っ赤に赤く染まり上がる日は、空気中に漂うホコリや塵が多い日だったと、何処か他人事の様に思う俺の手には1本の箒。



黒板の日直の欄に書かれているのは、俺の苗字と、同じく本日の日直としてあてられた佐藤の文字……。





攻守交代





グラウンドのトラックを颯爽と駆け抜ける陸上部や、隅の方でノックを受けている野球部を横目に、佐藤と2人でカーテンをカーテンテープで縛りながら床を掃く。
教室の前方に集めた方が良いのか、それとも後方に集めた方が良いのか。そんな事をぼんやり考えているうちに、捌け口には当然の如くゴミが塵積もるのだ。



床の掃き掃除が終われば、次はゴミ箱の中身を焼却炉の中に放り込みに行って、面倒臭いながらも学級日誌を書いてソレを職員室に居るであろう担任に提出。



昇降口では、最近付き合い始めたばかりの年下彼女が健気に待ってくれている訳であって、俺としては是非とも佐藤に日誌を押し付けたい所だが、実際問題そうはいかない。
……掃除を初めてカレコレ約3分弱もの時間が漸く経過した。余り適当に済ましてしても、下手をすれば明日も日直をさせられ兼ねないので中々蔑(ないがし)ろにも出来ない。



そもそも、日直なんざ言うなんとも面倒臭い役割を作った人間は、速やかに滅んでしまうべきなんだと思う。が、恐らく既にその人物は地球上から亡んでしまっていそうだ。



「竹本ー、そろそろ掃除ヤメよー」



「おー」



普段から落ち着きがない奴にしては珍しく、ソレまで只黙々と床の掃き掃除をしていた佐藤がゴミを集めたのは、掃除用具箱が置かれている教室の後方だったらしく……。
生憎、前方をノロノロと掃いていた俺は、箒の先を上手く活用しながら、折角集めたゴミを散らさない様に佐藤が居る場所まで持って行った。



佐藤が集めたゴミの中に自分が集めたゴミを混ぜて、側に置かれている縦に大きい掃除用具箱の中からチリトリを取り出し、ロッカーに箒を立て掛けるとソレをゴミの前に差し出す。
床に置いたチリトリと共にその場に腰を下ろしてしゃがみ込むと、2人で集めた少量の塵やホコリの塊を、佐藤が無言でチリトリの中に放り込んでゆくだけの単純作業。



ある程度大まかなゴミ達が中に入ると、チリトリの淵に溜まるのは、上履きや風に乗って外から侵入してきた砂や砂利。何度集め直して何度入れても入らない、今時反抗期のソレ等。
もう外に掃き出してしまうしか片す術がないと諦めた佐藤は、誰にも分からない程度に、ソレ等を辺りに散らして分散させてしまうと言うなんとも狡い小技を使った。



だからと言って、「先生、佐藤くんがちゃんと掃除してませんでした」とか、そんな餓鬼臭い言い掛かりを付ける気は毛頭ないし、きっと俺だってそうしていた筈だ。
此処の所、何かある度にウチのクラスにやって来ては、一方的に凄く変な言い掛かりを平介に擦り付けて、勝手に泣きながら帰って行く1年の場合はどうか分からないけれど。



さて、そんな戯言は置いておくとして。やっとゴミも集め終わった事だし、次はゴミ箱の中身を焼却炉へ放り込みに行かなければと、重たい腰を上げた。……つもりだった。
何故、敢えて『つもりだった』と中途半端な締め言葉をチョイスしたのかと言いますと、ソレは今現在の俺と佐藤の体勢が大いに関係しているからだと断言出来る。



ガンガンと疼く後頭部、ジンジンと痛む背中とケツ。力強く押さえ付けられている事によって、まるで血流を塞き止められているかの様なカナリの圧迫感を感じる両手首。
全身に走る痛みで霞む視界の中に、俺の上に跨がり覆い被さっている影の掛かった佐藤の顔。奴の背景として見える蛍光灯に、自分が床の上に押し倒されている事を理解する。



本来ならば絶望感と嫌悪、焦りなどと言った感情が脳内を支配して、それなりに抵抗して見せるべきなんだろうが、不思議な事に俺の身体は今の態勢を嫌がっていない。
それ所か、俺がコケたせいで再び床に飛び散り、無惨にもあちこちに散りばめられてしまったゴミ達の回収を優先しようとしている自分が居る状況……。





「……オイ、」



「……竹本が好きなんだけど」



「俺、彼女が健在してる」



「そんな事くらい知ってるよ」



プラスチック製のチリトリと頭上にある佐藤の顔を交互に見て、駄目元で身動(みじろ)ぎをしてみても、案の定佐藤の下から抜け出す事は不可能に近い様で。
さてさて一体どうしたモノかと悠長に考えている間にも、生きてゆく上で大切な俺の貴重な時間は刻一刻と静かに、されど確実にゆっくりと進んで行く。



この際だ、取り敢えず改めて事柄を整理してみよう。……なんの前触れも文脈もなく受けた告白。男である佐藤は、同じく男である俺が好きで、俺に彼女が居る事も知っている。
それでも、そんな事はどうだって良いんだと言いたげな、至って威風堂々とした態度を崩さない。加えて、力一杯掴んでいる俺の手首を解放する様子も見受けられない。



突然悪くなった血流のお陰で、指先は段々と薄紫色に色付き、長い間正座していた時に味わうあのピリピリとした嫌な痺れを帯びてきた。……地味に痛い。



「だから、あの子から竹本を奪ってやろうと思ってさ。竹本も余りあの子の事好きじゃなさそうだし、別に良いよね」



「……そりゃ構わないけど」



「良かった、女の子相手だろうが手加減する気はないんだよね」



何やら真顔で恐ろしい事を言われた気がするけれど、ココは敢えて何も聞かなかったフリを決め込んで、佐藤の目を見つめたまま乾いた笑い声を上げて笑って誤魔化す。
解放された手首に、ホッと胸を撫で下ろして安心したのも束の間。腕を引かれて上半身を起こされたかと思えば、今度は真正面からすっぽり抱き込まれてしまった。



相も変わらず、チリトリとホコリ達は床の上に放置プレイされたまま。力なく身体に沿ってダレ下がった俺の両腕も、未だ僅かながらに痺れを伴っている様子にある。
唐突に押し倒された時もそうだった様に、俺は男に抱き締められていると言うこの情景を嫌だとは思っていない。と言うか、俺を好きだと言った佐藤の事ですら敬遠していない事実。



―…………なんなんだ、この複雑でなんとも言い難い心境は。俺の身体に一体何が起きたんだ、大体どうした俺……。





「彼女、昇降口で待ってるんだよな。宣戦布告したいから、帰ろう」



「なあ、日誌は?」



「明日も一緒に日直しようよ」



「はあ……。」



抱き締められたままの状態で抱え起こされた、俺の軟弱な身体。制服に付いたホコリを払う為に背中や足に触れる手も、やっぱり何故だか不思議と不快に感じない。
何かが可笑しいと首を傾げてみたって、『可笑しい』と感じるその理由を、自分はきっととっくに分かっている様な気がしてきた。から、これ以上考える事をヤメる。



文字を書き込まなければならなかったページが開かれた日誌は、教卓の上に置き去りにしたまま。俺の手を引いて上機嫌に放課後の廊下を歩く佐藤のフットワークは軽い。



精々優しく宣戦布告してやれよと、半ば呆れ気味に忠告した俺を目だけで振り返った佐藤は、意地悪げに口角を吊り上げて笑った。その顔に心底興奮したのは秘密。



fin.






うひゃほーい!!!!!!!← 素敵すぎる…!!!こんなに素敵な誕生日プレゼントを頂けるなんて私は幸せ者です!!島津さん大好きです!!!





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