短編

□貴方の未来に
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※原作捩曲げ




――ドサッ……

重たい大人の男が倒れる音がした。


「セ……セブルス……?」


かの卿が去ると同時に、ボート小屋に着いた。ぐったりとした愛しいひとの首からは、ドクドクと血が流れている。

「……翔太……」

「ダメ、だ……死んだらダメだ……!」

「……すまない…」

セブルスの目からは生気が失われていく。残りわずかな命を削って呟いた言葉は翔太に向かったものではなく、彼が一番愛したひとの宝に向かってだった。

「――私を、見てくれ……」


――ピロリーン…

ひとが死んだ時に流れる様な音ではない。こんな軽快な音が流れていい筈がない。しかし、翔太はこの音を、この場で聞いたことがあった。もう何回目かも分からない、この音。


――「人間界に行った元天使よ。君はまた、このひとを救えなかったのですか?全く、君は本当に役立たずですね」

翔太は空を見上げた。そしてひざまづき、顔の前で祈る様に手を組んだ。

「――神よ……もう、繰り返したくありません……お許しください……もう、このひとが死ぬのを見たくありません……」

――「ふふっ……貴方はまたやり直すのです。また、始めからやり直すのです。これが、貴方に与えられた『許し』なのですから…」

パチンッと指を鳴らす音が聞こえた直後に視界が暗転した。



はじめに神は、天と地を創造された。

そして、地に自分に似せた「人」を作った。神は民を愛された。全ての民を平等に愛された。そして神は思われたのだ。天にも「人」を作ろうと。神は、天にも「人」を作られた。だが、その「人」は「人」ではなかった。天における「人」は、男も女もなかった。神は一番、自分に似せたものを天に作ったのだ。神は「人」と「人」を分けるために、天における「人」を「天使」と名付けた。天使は「人」と同じく多種多様なもの達だった。そして神は天使に言ったのだ。「神に敬意を払うのだ」と。天使は神を慕い、そして敬意を払った。
しかし、直に神よりも「人」に興味を持つ「天使」が現れた。神はそれでも良いと考えたが、それは良い方には向かわなかった。神から与えられた仕事を放棄し、ひたすらに地にいる「人」を眺めていたのだ。神は思った。その「天使」は「人」の何に興味があるのかと。そして神は、「天使」の思想を覗き見た。神は驚いた。その「天使」は「人」ではなく「ひと」に興味を持っていたのだ。そして神も「ひと」を見守られた。全ての民を愛された神が、一人の「ひと」に興味を持ってしまった。神は自室に閉じこもり、ひたすら「ひと」を眺められた。他の天使は驚き慌てた。神が天使に仕事を与えないからだ。
ある時、「天使」は思った。あの「ひと」をもっと近くで見たい、と。天で一番良く地が見えるのは、神の部屋だった。しかし、天使は神の部屋に入る事を許されていない。「天使」は考えた。どうすれば神の部屋に入れるのかと。そして「天使」は「嘘」を考えた。「天使」は神に言った。「向こうの方で、天使達が悪戯をしています。あの天使は悪い奴らです。僕が駄目だと言っても聞いてくれませんでした。神、何とかして頂けないでしょうか」
神は「天使」を信じ、言葉の通り天使たちを尋ねに行った。「天使」は、神の部屋に入り、「ひと」を眺めた。驚いた事に、神も「ひと」に興味があるのだと分かってしまった。それでも「天使」は気にしなかった。神よりも「ひと」の事に興味があったからだ。
神はすぐに部屋に帰ってきた。天使が「人」の様に「嘘」をつき、最も尊敬するべき神を欺き、己の欲を満たそうとしたことに大層お怒りになった。そして神の部屋に入った事、神の秘密を知ってしまった事に神は憤慨し、「天使」に罰を下した。

「貴方は天使である事の自覚が全くないうえ、『人』の様に『嘘』をつき、神を欺いた。天使の仕事を全くせず、ただただ『ひと』を眺め、己の欲に負けた。そのうえ、この神の秘密まで知ってしまったのだろう。許されまじき行為である。神は貴方を罰する。貴方は天から追放される。そして、これから起こる事を食い止めてみせよ。この『ひと』を死なせてはならない。全ての民を愛した神が、たった一人だけ特別に愛した『ひと』の運命を変えてみせよ。神はこれから起こる全ての事を知っている。この『ひと』が殺される事なく、老衰する様に未来を変えてみせよ。」

「天使」は分からなかった。「天使」は今までろくに考えて来なかったため、神が言った意味が分からなかった。天から追放された「天使」は、地へと落とされた。そこで「天使」は、自分が「男」の姿をしている事を知り、自らの名を知った。「天使」は喜んで『ひと』のいる場所へと向かった。城の様な建物に入ると、『ひと』がいた。

「貴様、どこから入ってきた!」

全ての始まりは、ソコからだった。「天使」は翔太と名乗り、神から授けられた魔力を駆使し、教員になった。そしてその『ひと』をセブルスと呼ぶようになり、順調に過ごして行った。翔太は、セブルスといれる幸福感に浸り、神からの「許し」を忘れていた。

―――そして、かの卿がセブルスを殺し、一回目が終わった。


耳元で鳴る、憎たらしい程の軽快な音を聞き、神の言葉を受けて、視界が暗転する。そして目が覚めたときには、ホグワーツの入口にいるのだ。ホグワーツに入れば、セブルスに杖を突き付けられ、校長の元へと向かう。そしてまた始まる。

これを何度、何度繰り返しただろうか。毎回、毎回、運命を変えて見せると意気込むものの、結局、誰ひとりとして救えずに終わってしまうのだ。どんなにセブルスを愛しても、彼が愛しているのは、リリーという名の女だった。何回、何回、心の底から愛しただろうか。翔太の身体は、愛という愛が無くなってしまうのではないかと疑う程、セブルスに愛を注いだ。

もういっそのこと、地なんて滅びてしまえばいい。

こんな世界なんて、消えてしまえばいい。


―――翔太はまた、深い思考から引きずり出される。また、始まりが見えた。ホグワーツの入口が。



―――――……



「お前がダンブルドアを殺した。お前が生きているかぎり、セブルス、ニワトコの杖は、真に俺様のものになることば出来ぬ」

「我が君!」

「これ以外に道はない。セブルス、俺様はこの杖の主人にならねばならぬ。杖を制するのだ。さすれば、俺様はついにポッターを制する」

「わ、我が君――」


ヴォルデモート卿が杖を上げた。その瞬間、部屋にまばゆいばかりの光が部屋に差し込んだ。この暗く、ジメジメとした場所には似つかわしくないものだ。ヴォルデモートは、セブルスに向けていた杖を光の差す扉に向けた。

「――やっと、分かったんだ」

心地好い声が降る。セブルスはその声に聞き覚えがあった。そして、思わず叫んだ。「来るな!!」と。

「――貴様、確かホグワーツの教員だったな?」

「それが全てではない」

「――ほう…いずれにせよ俺様には関係のない事だ。貴様は死ぬ」

翔太は、そんなヴォルデモートを見つめたまま、口を開いた。

「おれ、気付いたんだ。ようやく、ようやく気付いた。もう何度繰り返したか分からない程の回数の末、ようやく分かったんだ。あの方は、初めから分かっていたに違いない。でも、教えて下さらなかった。おれはセブルスと共に過ごす事が楽しくて楽しくて仕方がなかった。人が死に、人が死んだ。呆気なく、その生の幕を下ろす。」

誰も動かなかった。
――否、動けなかった。

「そこで、ふと思ったんだ。おれは死んだ事があるだろうか、と。何度繰り返しても、死ぬ人間は変わらず、生き残る人も変わらなかった。そして考えた。……ああ、生きる人が死ねば変わるのかも知れない、と。」


「さてさて、ヴォルデモート卿。闇の帝王と自らを讃え、賛美させた悪そのものよ。この世界で讃えられるべき、賛美されるべき存在はたった一人だけだ。誰だか分かるか?――『神』だ。おれはあそこから追放され、今日、初めてこれに気付いた。そして、あの方が望んだ未来を、おれが現実にしてみせよう」


翔太は、ヴォルデモートの横でとぐろを巻くナギニに杖を向けた。そして、空を切るように振った。呆気なく蛇の首は飛び去り、宙を舞った。

「貴様ァ!!」

ヴォルデモート卿から放たれる魔法は、まるで火の着いたマッチ棒を水に入れる時の様に、翔太の周りでシュッと消える。

「――ああ、最後に一つだけ。」

翔太は振り返り、セブルスを見た。セブルスの身体は、固まってしまったかの如く、ピクリとも動かない。

「貴方を愛していました。神よりも、ずっと深く。―――全ての愛が、貴方にありますように。」


神の子イエスは、人々の為に十字架を背負い、人々の罪を受け止めた。人々に、光がありますようにと、自ら死ぬ運命から逃れなかった。そうして人々は許された。ならば、自分も。

「神は全ての民を愛された。トム・リドル。貴方のような極悪人にすら、神は愛を注がれるのです。貴方はそれを一度も貰った事がないと言う。貴方は多くの命を奪った。貴方は命を冒涜し、神までもを冒涜した。私は神の子ではないため、貴方の命は救えない。」

翔太は、そこで一度切り、息を短く吸った。

「天使であった筈の我が身を削り、貴方を地の底にまで落としましょう。貴方の様な切り刻まれた霊魂は、身体から引き剥がすのは難しくない。」

翔太は恐怖を目の奥にちらつかせるヴォルデモートに近付いた。そして、卿の胸に手を当て、呟いた。

「貴方の霊魂が清められます様に。さようなら」

ズルズルと醜い音が響いた。翔太の身体からは、まばゆい光が束になり、ズルズルと這い出ていた。その光の束は、トム・リドルの身体中に突き刺さり、外から何かを押しだそうとしている様だった。一本の光の束が、扉から外へと飛び出した。光は何か暗く黒い靄[もや]の様なものを搦[から]め捕り、翔太の元へと向かった。

光がいっそう強くなった直後、つんざく様な声が響いた。苦しみ全てを表した様な声は数秒響き渡り、トム・リドルの身体から暗く黒い靄の様なものが押し出された。それを逃ない様に光が包み、縛り上げた。

一つの塊になり、宙に舞った。その光は留まることなく、地に堕ちて行った。


その場にいた全員がようやく身体が動く事に気が付いた。


セブルスは、目の前で崩れ落ちる様に倒れたヴォルデモートを見ても、彼が死んだ事はにわかに信じがたかった。しかし、確かに彼は死んだのだろう。

ゆらりゆらりと翔太の身体が揺れ、崩れ落ちた。

そこでようやくセブルスは気付いた。翔太が言葉の通り、身を削って闇を消した事に。

「……翔太……?」

震える声で呼び掛ける。微かに翔太の瞼が震えた。

「……セ……ス…」

「おい、冗談はよせ、そんな、」

「……あい…てい…した……あ…た が…あ…され……す…うに…」


――愛していました。貴方が愛されますように。――

天使は堕ちても天使であった。全ての「人」は愛せなかったが、一人の「ひと」を全力で愛した。絶命する、その瞬間まで。

「馬鹿、が…!お前が私を愛しているのと同じ様に、私もお前を愛しているというのに……!それを、お前は――!」

最後の力を振り絞り、翔太は微かに笑ってみせた。


貴方の未来に幸あれ



薄れ行く意識の中で小さく「ピロリーン」と音が聞こえた。「貴方は良くやりました。神から最後のプレゼントを天使の貴方に」

――貴方がたの未来に、幸あれ。





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