海賊長編6/隣
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部屋の中に沈黙が流れている。すごく居心地が悪い。好きな人にあんなとこは見られるし、もうここには来れないだろうし、もう最悪だ。
おれは俯き、膝の上で拳を握った。ガタリ、と音を立ててサンジさんはどこかに消えて行った。ちなみに香介くんは隣の部屋にいるらしい。
帰りたい。どうせ嫌われたのはわかってるんだ。わざわざサンジさんから拒絶の言葉を聞いて傷つく必要はないじゃないか
ぐるぐるとそんなことを考えていると、目の前にコトンと何かが置かれた。
「カフェオレだ、飲めよ」
「…はい、」
一口、二口、と飲むうちにだんだんと気持ちが落ち着いてくるのがわかる。
「……ハルトにはいくつか聞きてェことがある」
…きた、
「…はい」
目の前にあるカフェオレを見つめてサンジさんの言葉を待つ。
「さっきのはなんだったんだ」
「喧嘩、です」
そのあとに小さな声でゲイの、と付け加えた。
「サンジさん、おれはゲイなんです。男が好きなんです。男しか好きになれないんです。…気持ち悪いでしょう?」
おれは自嘲の笑みを浮かべた。サンジさんはどういう顔をしているかわからない。おれの渇いた笑いが部屋に響いた。
「…いや、」
おれはそう言って火の点いていないタバコをくわえたサンジさんに苦笑を漏らした。
「…あいつはおれの元カレです。高校のとき、付き合ってて、段々と狂っていきました。さっき、サンジさんが見たみたいに。束縛と暴力と狂気におれは堪えられなくて、卒業すると同時に別れたんです。」
知られたくないことなのに、もう諦めに似た感情がおれの中に沸き上がってくる。どうせ見られたんだ。今さらどう言い訳したって意味がない。
「…きっとおれの居場所を調べたんでしょうね、」
どうやって調べたのかはわからない。でも、きっとどんな手を使っても調べたんだと思う。
携帯は機種も電話番号もアドレスも全部変えた。何もかもから解放されて、おれはここでの生活が楽しみだった。清々しい気持ちだった。そんなとき、サンジさんに恋をした。サンジさんみたいに優しい人と付き合えたらどんなにおれは幸せだろうか、
サンジさんはずっと喋らない。
「…大丈夫ですよ、もうここには来ませんし、サンジさんにもなるべく会わないようにします。勿論香介くんにも近づきません。」
短い間だったけど楽しかった。幸せだった。
「今までありがとうございました」
おれはそう言うと立ち上がろうとした。
「おい、待てよ」
サンジさんを見ると、少し怒っているように見える。
「話が一方的なんだよ、おれたちに近づかないってのはおれたちに気を使ってか?んなもんいらねェんだよ、わけわかんねェ気使いやがって。」
今まで黙っていたサンジさんから次から次へと出てくる言葉におれは驚いて声が出ない。
「…え、だって…」
「だってなんだよ、」
ぶすっとした顔でサンジさんはおれを見た。
「気持ち悪くないんですか…?」
「あのなァ…」
サンジさんは大きくため息を吐き、おれをじとりと見つめた。
「おれはハルトに会ってからの数週間のハルトしか知らねェけどよ、おれが今まで見たハルトは気持ち悪くなかったぞ、それで充分なんじゃねェの?」
「え…」
今までそんなこと言われたことがなかったおれは驚いて固まってしまった。おれは怖かった。サンジさんに嫌われることが。なのに、
「おい、なんとか言えよ」
「…充分、です」
サンジさんは立ち上がっておれの隣に座った。
「暴力振るわれてたのか、」
「…はい、」
「だからあんなに傷だらけだったのか、」
「…はい、」
するとサンジさんはおれの頭に手を置いた。
「辛かったな、よく頑張った」
誰にも相談出来なかった。彼氏と付き合ってても辛いことばっかりだった。幸せだったのは最初の一ヶ月だけだった。こんな風に言われたのは初めてだった。
「は、い…」
鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。
サンジさんはおれの頭を何も言わずに撫でてくれた。ボロボロと零れる涙を必死に隠そうと、ごしごしと目を擦ると、サンジさんから手を掴まれた。
「泣きたいだけ泣けばいい。大丈夫、おれしか見てない」
我慢出来ずに声をあげて泣いていた。おれはサンジさんに言われた言葉で何もかもが報われた気がした。