海賊長編6/隣

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香介くんと手を繋ぎ、歌を歌いながら帰っていると、アパートの前に男が立っていた。その姿が目に入ったとき、ドクンと心臓が嫌な跳ね方をした。あの姿は、元カレ、だ。

「香介くん、おいで。抱っこしてあげる。あと、突然走りはじめたらゴメンね?」

鞄に入れていた鍵を握り、香介くんをしっかりと抱きかかえる。香介くんもおれの元カレを見たことがあるからか、腕に回る力がいつもより強い。二人で体を強張らせながら、早歩きで元カレの前を通ると、向こうが先に動いた。

「おい、ハルトっ」

ヤバいっ!そう思ったときには駆け出していた。香介くんを更に強く抱きしめ、階段を駆け上がる。子供を抱きかかえてのダッシュだが、危機感の方が強く、いつもよりも速く走れている気がする。足がヘロヘロだけど、あと、もうちょっと……!!

鍵をこじ開け、なだれ込むように部屋に入る。急いで鍵を掛け、チェーンも掛ける。

「ハルト!!開けろ!!」

小刻みに震える体を奮い立たせ、小さく震える香介くんを抱きしめる。

「ごめんね、大丈夫?」

「…うん…」

「怖いよね、ごめんね…」

香介くんの頭を撫でると「ううん、ハルトは大丈夫?」そう言って、おれの顔を覗き込む香介くんに鼻の奥がツンとするのを感じ、香介くんをまた強く抱きしめた。


サンジさんにメールを送り、そっとドア穴から外を覗く。なんでまた、こんな目に合わなきゃいけねぇんだよ……しかも今度は香介くんもいた。小さな子供に恐怖心を抱くような体験をさせてしまった。ホントにおれは馬鹿野郎だ…っ!!
入念に外を見渡したが、見れない場所の方が広い。ドアの前に座り込まれていたら、中からは確認することが出来ないし、かといってドアを開けて確認する勇気も湧かない。警察、呼んだほうがいいのかな…

「ハルト、いんだろそこに」

聞き馴染みのある声がすぐそこで聞こえ、肩が揺れた。おれが思った以上に、この男から付けられた傷は深いのかもしれない。

「話しをしに来ただけだ。お前を傷つけるつもりはない。ホントだ、ホントなんだ。なぁ、ハルト…開けてくれよ…」

懇願する声に心がぐらりと揺れるのを感じた。ここで開ければ、きっとまた繰り返す。あの高校時代を思い出せ…!別れたい別れたいと言っても、結局この男の「お前しかいない」「今度は大切にするから」「大好きだ、愛してるんだ」と、甘い言葉で惑わされてたじゃないか…!!

「わっ……!」

緊張感が漂う中、手に握りしめていた携帯電話が小刻みに震えた。ディスプレイを見ると、「サンジさん」と表示されていて、急いで電話を取った。

「…もしもし…」

『大丈夫か?』

サンジさんの声が凝り固まった心にじんわりと響いた。ああ、

「はい、今のところは、なんとか……」

『今いんのはどっちの家?』

「サンジさん家です…」

『そうか。絶対に出るなよ』

「……ごめんなさい……」

『あ?』

「香介くんを危険な目に遭わせちゃいました…」

『…怪我、してねェんだろ?』

「…はい」

『ハルト、お前は?』

「大丈夫、です」

『よし、ならいい。とにかく、今日は早く上がれるから、おれが帰るまでは絶対に外に出んなよ。わかったな』

「はい…ありがとう、ございます…」

『じゃあな』

「はい」

なんかもう、涙出そうだよ、ホントに。そして自分が情けない。元カレ一人にこれだけ怯えて、好きな人を頼らなきゃいけないなんて。ちょっとでも、いいとこ見せたいのに、情けない所ばかり見せてしまう。
せめて、香介くんの面倒はしっかり見よう。今のおれに出来る、最善を尽くそう。そう思って、強く拳を握り締めた。





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