海賊長編6/隣

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じんわりと広がっていく気持ちはいつぶりのものだろうか。駆け巡るような衝撃的なものではなく、冷えた身体に温かいスープが染み渡るような、思わずため息をついてしまうほどの温かさを纏ったものだ。この類いものは確かに感じたことがある。だけど、

「ただいま」

アパートの扉を開けると、もうとっくに帰ってきているはずの二人がいなかった。いつもの二つの「お帰りなさい」がなくて一抹の寂しさを感じる自分に苦笑した。今日は早く帰れると連絡していたため、すっかりあの二つの笑顔が出迎えてくれると想像していたものだから仕方がないと、誰にしているか分からない言い訳に頷きながら靴を脱いだ。寄り道でもしてるのか?と思ってスーツを脱ぐも落ち着かない。なんせこんなこと、今までなかったのだ。寄り道してくることはあっても連絡を怠らないやつだ。なのに、今は何度電話をかけても出ない。ついには二人に何かあったのではという焦燥感に居ても立ってもいられなくなって家を飛び出した。

いねェ、いねェ、いねェ。
いつも遊びに行く公園にも、買い物をするスーパーにも、香介が絵本を買う本屋にもいなかった。二人がいそうな場所を回るが、どこにもいない。とんでもない焦りと不安感が押し寄せ、縋るような気持ちで携帯を見た。やはり着信もメールもない。変わらず光る待ち受けに踏み潰したくなる衝動を抑え、深く息を吸った。悪い想像をするのはよそうと思えば思うほどソレが沸き上がる。クソ、なんで電話に出ねェんだよ・・・!!

散々歩き回っても見付からず、取り敢えず家に帰ってみようと帰路についた。鍵を開けていると、背後から聞こえてきた声に弾ける様に振り向いた。すると、向こうの方から手を繋いで歩いてくる香介とハルトの姿があった。

気付いたときには駆け出していた。

駆け寄るおれに「あ、サンジさんだ」「お父さんだあ」とノンキに笑う二人に一瞬にして頭に血が上った。

「どこ行ってたんだ!!」

突然の大きな声に二人の肩がビクッと震えた。

「連絡してんのになんで出ねェ!!心配しただろうが!!!」

「え、」と呟いたハルトは慌てて鞄を漁った。普段から携帯をあまりチェックしないことは知っていたが、こういうときは腹立たしさしか沸き上がらない。待ち受け画面をチェックしたハルトの血の気は一瞬にして引いた。凄まじい数の着信履歴にサンジの心配がありありと映し出されていた。

「ごめ「ごめんなさいっ!!」」

ハルトが謝ろうとしたのを遮ったのは香介だった。ハルトの手をギュッと握りしめ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「ぼくがワガママ言ったの!!」

「・・・どういうことだ?」

一気に冷静になったサンジはようやく息子の手に握られているものに気がつき、どういう風の吹き回しかと小さな息子に視線を合わせた。

「お花を買いたいってハルトにお願いしたの」

「花?」

「お父さんにありがとうって、お花、あげるんだって」

そこでようやく今週末が父の日だと気が付いた。おれの大切な小さい息子は、おれのために花を買いに行ってくれたのか、

「・・・ありがとな」

温かな気持ちと愛しさが溢れ、思わずギュッと抱きしめた香介は汗と砂の匂いがした。そして くふふと笑う香介を離して立ち上がると、ハルトの頭をグシャグシャと撫でた。「わわ、」と言いながら照れ臭そうにするハルトにも「ありがとな」と呟くと、ハルトはふわりと笑って小さく首を振った。クソ、可愛い顔して笑いやがると頭の隅で考えながらその手に少しずつ力を入れ、仕舞いにはハルトの頭をガチリと掴んだ。

「だけどな、」

確かにありがとうとは思う。だけど、これだけは譲れない。

「それでも連絡はしろよ。」

その手をグラグラと揺らしながら言うと、ハルトはションボリと目を落とした。

「・・・はい。ごめんなさい・・・」

ハルトを信頼していないわけではない。信頼しているからこそ、だ。きっとこんなに時間になることを想像していなかったんだろう。よく考えれば、この近辺に花屋はない。一番近くといっても二つ先の駅にしかない。二人で電車に乗って、わざわざ買ってきてくれたんだろう。その思いやりは素直に嬉しかった。

「よし!帰ってメシにすんぞ!」

「はい!」

「やったあー!!」

パアッと表情を明るくさせたハルトと香介は繋いでいる手をブンブンと振った。その反対側の香介の手を握り、アパートに向かって歩き出した。二人の間でピョンピョンと跳ねる香介を微笑みながら見つめるハルトと視線が絡んだ。ふにゃりと幸せそうな笑みを浮かべたハルトにニッと笑ってみせ、穏やかな気持ちで前に目を向ける。そして、この時間がいつまでも続いて行くような気がして、そっと口元を緩めた。





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