海賊長編6/隣

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窓の外はキラキラとしていた。青々とした葉は風に揺られて容赦なく降り注ぐ日差しに透けて輝き、真っ青な空に浮かぶ真っ白な入道雲は眩しいくらいだ。夏というのはなんとも眩しい。講義が終わったらアイスでも食べようとテンションを少しだけ上げてノートに目を落とした。

夏休みが近付くということは、地獄のテストラッシュが目の前にあるということである。一年生は教養科目ばかりで、理系にとっては何とも辛い語学がある。しかもこの学校は英語とドイツ語は必修で、しかも英語なんかは二種類もあるのだ。クソー・・・英語は苦手なんだよ・・・と愚痴を零してばかりはいられない。それほどピンチなのだ。もっと前もってやればいいって?わかってます。ごもっともです。でも今まで手をつけなかったのは、どうしてもやりたくないという気持ち故だった。それが今のピンチを招いているのだが。

「ハルト、メシだぞ」

「はー・・・い」

リビングでテキストを広げて勉強していると、いい匂いが広がっていた。もうそろそろかなと思っているとサンジさんがひょっこりと顔を覗かせた。人生で何よりも英単語が苦手だと自負するほど嫌いな英単語は、中学生で英語を学びはじめてからずっと付き纏う課題だった。その英単語帳を力無く閉じると、サンジさんは小さく笑った。

「元気ねェなぁ・・・」

「だって・・・ねぇ?」

ねー?と英単語帳に首を傾げてみせる程の精神状態にサンジさんが苦笑したのを感じ取った。この一冊の単語帳がどれ程憎たらしくても、仲良くならなければならないと笑ってみせる。が、「3週間で完成する!英検2級」と書かれたコイツは笑いかけるどころか冷たいままの無機物で、チクショー!と鞄の中に投げ入れた。

「おいおい・・・ホントに大丈夫か?」

「これが!!大丈夫そうに!!見えますか!!!!」

「あー・・・」

いつもよりも変にテンションの高いおれにサンジさんは困った様に頬を掻いた。

「取り敢えず片付けて手洗ってこい」

「はい!!!」

勢いよく返事をして敬礼してみせる。いよいよ変なのは自覚済みである。

「ハルト、どうしたの?」

「あー・・・勉強大変なんだってよ」

そんな会話を後ろに聞きながら、ドスドスと歩きたてた。


――――――


「あー美味しかった!!ごちそうさまでした!!」

お腹も膨れ、すっかりご機嫌になったハルトにサンジはふぅ・・・と息を零した。サンジの隣でハルトの真似をして「あーおいしかった!!ごちそーたまでった!!」と盛大に噛んだ香介に頬を緩めたのは何もサンジだけではない。

「あー・・・勉強しなきゃー・・・」

ノロノロと立ち上がったハルトは、香介の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「香介くーん・・・」

「ハルト!がんばって!!」
「おー・・・」

ハルトはかわいい香介の応援に力無く返事をして、今度はドイツ語のテキストを広げた。ドイツ語なんて大学に入って初めて触れる言語だ。それまでに聞いたことがある言葉といったら、アルプスでルララとはしゃぐ少女が「アーベーツェーデーエーエフデー」と言っていたアルファベットと「グーテンターク」ぐらいしか知らない。それがいきなり文法とかされても・・・わかるわけ・・・ない・・・
もういい、テスト範囲の例文全部覚えてやる!!!と意気込んでペンを握り締めた。

――――

「あーーーもう無理。今日はもう無理。もう頭に入ってこない。今日の勉強は終了!閉店!!」

ペンを投げ捨て、大きく伸びをしてから机に突っ伏した。するとタイミングを計っていたかのようにコトッとマグカップが置かれた。

「お疲れさま」

「ありがとうございます・・・」

「ホットココアだ。落ち着くぞ」

「ほんとにありがとうございます・・・・」

程よい甘さのココアを啜ると、サンジさんはコーヒーを持って向かい側に座った。

「大学生は大変だな」

「漫画で見るようなキャンパスライフじゃないです・・・」

うなだれながらそう言うと、サンジさんは小さく笑った。笑い事じゃないと睨みつけると、大きな手が頭を撫でた。

「学生は頑張って勉強しろ。で、遊ぶときは遊べ。」

「はー・・・い」

こういうとき、サンジさんと自分との歳の差を感じる。ハッキリとサンジさんの歳を聞いた覚えはないのだが、サンジさんは一児の父だ。サンジさんにはサンジさんの青春時代があって、奥さんと出会って、香介くんが生まれて・・・とおれとは比べものにならない程の経験を積んでいるのだ。そんなサンジさんから見れば、おれはまだまだ世間を知らないひよっこでしかない。悔しいけど、仕方のないことだ。いつか、サンジさんの隣に立てるような人になれるだろうか。・・・なりたい、なぁ・・・

「ハルトは何学部?」

「おれは理学部で天文分野を専攻してるんですよ」

「へぇ、宇宙か」

「宇宙です」

「おれはそっちの分野は全くだから分かんねェが、宇宙に興味があったのか?」

「はい。夜、空を見上げたらそこには星がいっぱいに広がってるでしょ?それってとんでもない位遠く離れてる物で、それが地球上にいるおれの目まで届いてるって思ったら居ても立ってもいられなくなって。しかも宇宙はまだ広がっていってるとか、銀河系はいくつもあるとか、地球に似た惑星があるんだとか考えたら夜も眠れない程ワクワクしちゃって。知的生命体がどこかにいるかもしれないし、いないかもしれない。まだ発見されてない惑星なんてたくさんあるだろうし、過去の天才達がどんな研究をしていたかとか、そういうことを知りたいなと思って!」

緩やかに笑うサンジさんを見て、自分が身を乗り出して語っていたことに気が付いた。ああまたやってしまった。自分の好きな分野になるとダメだ。周りが見えなくなる。急に居心地が悪くなって、ココアに口を付けた。

「お前、今最高にキラキラしてたぞ」

「・・・恥ずかしいからやめてください」

「なんでだよ、いいことじゃねェか」

ケタケタ笑うサンジさんを小さく睨むと、面白そうに「おっかねェ」と小さく両手を挙げた。

「・・・ハルトのテストが終わったら、星見に行くか」

「え?!行きたい!!!」

「よし、決まりだ。どうせなら泊まりがけで見に行くか。車出してよ。」

だからテスト頑張れよ、と言ったサンジさんに大きく頷いた。ああ、テスト頑張ろう。やりたくないとか言って勉強しないのだけはやめよう。楽しい夏休みにするために、今、全力で勉強するんだ。そして、夏の天体を思う存分見上げるんだ。今日はもう無理だとか思ったけど、寝る前に英単語をもう一回見てから寝ようと残りのココアを喉に流しながら、そう思った。




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