振り長編1/全力
□02
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昨日、あの時からずっと考えた。あの、全てが遠退くような、ドクンと心臓が一跳ねするような、顔が頭から離れないような、声がいつまでも耳に残っているような、あんな感情は一つしか知らない。
一目惚れなんてありえねぇし、それが男だったってこともありえねぇ。だけど、帰る途中で喧嘩しても、家に帰っても、メシを食っても、風呂に入っても、アベの顔が頭から離れることはなかった。
こうなったら自分の気持ちの白黒ハッキリさせてやると、気合いを入れて学校に向かった。まだ、人が少ないような朝早くだ。まずは、こんな風にさせた相手の名前を知るために。
教室の扉を勢い良く開け放つと、バンッと大きな音を立て、少しだけ跳ね返った。おれは、人っ子一人いない教室に小さく舌打ちをした。そりゃそうだろ、こんなに早く学校に人が集まってるわけがねぇだろ。
「チッ・・・早く来すぎちまったな・・・」
自分の席に鞄を放り投げ、乱暴に席に座る。誰もいない空間では無駄な威嚇だったが、ガラにもなく緊張している自分に動揺した故だった。
「・・・・出席簿でも調べるか・・・・」
ジッと座っていることが出来ず、居心地悪さに席を立ち、ひとまず自分のクラス名簿を手に取った。それには1年7組40名と書いてあり、五十音順に並べてあった。
「1番、阿部隆也・・・・ん?」
一発目から出てきた「アベ」に期待する半面、あまりにも早い発見に脱力感が襲う。は?ナンだよクソ、阿部隆也だったら早く来た意味ねぇじゃん。
てかよ、一目惚れの相手に既に会っているかもしれねぇなんて、マヌケにも程があんだろうが。
まあ、入学してからもうだいぶ時間が経っているのにも関わらず、クラスメイトの顔と名前が誰ひとりとして一致していないのだけれど。それどころか、他人の顔なんて興味が無くて全くもって見ていないのだけれど。
最前列で廊下側の自席に戻り、腕を組んで「阿部隆也」を待つことにした。もし、おれが探している「アベ」が「阿部隆也」じゃなかったら、また探せばいい。
廊下で話し声聞こえたため、睨みつけるように入口を見遣る。話しながら扉を開けた奴は「アベ」でなかった。入ってきた生徒たちは、まさか岳がいるとは思っていなかったため、岳を見た瞬間に身体を強張らせた。
「チッ・・・・」
早く「アベ」来ねぇかな・・・・
―――――・・・
おれが学校に着いてから、既に二時間が経過しようとしていた。「アベ」はまだ来ない。阿部隆也はどこのどいつかは分からねぇが、取り敢えず「アベ」は来ていない。これで阿部隆也が来てるならハズレだったってことだから、来てねぇことにする。まだ全員が集まったわけじゃねぇだろ。
点呼まで、後十分だ。
「やっぱ阿部、なんかしただろ〜」
「だから何もしてねぇって」
「水谷は心配し過ぎだぞー」
「花井までそんなこと言う!!」
廊下から聞こえた声に肩がピクリと動いた。あ、こいつ
「だから面識ねぇんだって」
頭が痺れる。また、まただ。心臓の音が、大きい
「っ・・・・!!」
目の前を通り過ぎる「アベ」がヤケにゆっくりに見える。ああ、アベ、だ。頭の芯が痺れるような、心臓が耳元で鳴るような、アベの声だけがハッキリと聞こえるような、そんなどうしようもなく呆けた状態なのにも関わらず、どこか思考はしっかりとしていた。これは、もう、言い訳の仕様も、言い逃れることも出来ない。おれは、この男に「惚れた」
アベに話しかけなきゃいけねぇと立ち上がろうとしたときに入ってきた担任を睨みつけた。ああクソ、生きた心地がしねぇ。
担任の話しが終わったあと、おれは意を決して立ち上がった。身体が重い。上靴を引きずりながら歩いてアベのところに向かう。アベの所には、朝一緒に入ってきた茶髪がおり、おれを見ると縮こまった。
「お前、阿部隆也?」
緊張で震えそうになるのを必死で立て直す。そのせいで声は低く、ぶっきらぼうになった。
「・・・そうだけど」
ああもうダメだ。身体が痺れてどうしていいか分からない。手に、足に、力が入らない。阿部を待った約二時間もの間、ずっと考えていた言葉はどっかに飛んでいっちまった。もう、何がなんだか分からない。挙げ句の果てには足元がグラグラと揺れているような気がして、力を入れた。
「――ツラ貸しやがれ!!!」
何がなんだか分からなくなった岳は、阿部の胸倉を掴み上げ、怒鳴り付けていた。
ち、違ぇぇええっ!!!こんなこと言いたいんじゃねぇ!!!!!
突然胸倉を掴まれ、怒声を浴びた阿部は、眉を潜め不愉快を露わにした。ああ、クソ
「いいけど」
阿部は岳の手を振り払い、「今すぐ、いいけど」と睨み返した。
茶髪が坊主を揺さぶっている。教室は信じられないくらい静まり返っていた。ああクソ、しくった。そして、おれはこの大失態をどう言い訳しようか必死で考えながら屋上に向かった。
――――・・・・・
「で、何」
阿部は、屋上に着いた途端岳に向き合った。力強い目だ。何者にも屈しない、強い目。
「俺、お前に何かした覚えないんだけど」
迷惑げに吐き出された言葉に気管支がキュッと狭くなる感覚が襲う。
「いやっ、さっきのは違ぇんだよっ」
「あ?」
緊張しすぎて、好きな顔が目の前にあって、声が近くて、心臓が、痛い。
「キのうっ!!」
力んで発した声は緊張で裏返った。そのせいで次の声が出てこない。みるみるうちに顔が熱くなっていく。
喧嘩が強くても、皆に怖がられていても、たった一人の男の前ではこんなに緊張してしまう。ったく、マジでなんだってんだよ。クソ、
阿部は声を裏返した岳に唖然とし、耐え切れずに噴き出した。
「おまっ・・・!!笑うな!!!」
「いやっ、だってお前、全然恐くねぇっ!」
「うっせぇなクソ!!」
声を上げて笑う阿部に思わずふて腐れた顔をしてみせた。しばらく笑って気が済んだのか、うっすらと涙を浮かべた阿部は「で?」と先を促した。そして岳は、未だに熱い顔を扇[あお]ぎながら口を開いた。
「・・・昨日、初めて阿部を見て、何か、こう、ドキュンときたっていうか・・・・」
「は?」
まだ阿部は半笑いだ。
「だから!!野球部にマネージャーいらねぇかって思ったんだよ!!」
不良だって頑張る
なんとかして、接点作らねぇと・・・!!
修正:2015.7.30