忍たま長編1/勿忘草
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今日は朝からことごとくツイてない。
朝、目覚ましを止めるとそのまま手が滑って時計を落として破壊。母親が寝坊して朝食なし、弁当なし。登校中に変質者に遭遇して追い掛けられる。ようやく学校に着けば遅刻。一限目が始まるギリギリで教室に入れば抜き打ちテストに遭遇。点数ボロボロで放課後居残り。弁当を買おうと鞄を見れば財布がない。何故か先生に呼び出され一通り怒られたあと人違いが判明(おれ無実)。おれが歩けば棒に当たる。何故か廊下に落ちてたバナナの皮で転ぶ。エトセトラエトセトラ
「………それは伊作並に不運だな」
「伊作の不運が移ったんじゃないか?」
朝から起こったことを潮江と立花に言えば、潮江は同情の眼差しをおれに向け、立花はニヤニヤと面白そうに笑っている。
「このままいけば、今日車にでも轢かれて死にそー」
ははっ、と笑いながら言うと、目の前の潮江の顔がみるみると怒りをあらわにさせた。
「冗談でもそんなこと言うんじゃねぇ!!!」
「……え……?」
突然立ち上がった潮江に怒鳴られ、おれは唖然とするばかりだ。
「冗談でも死ぬなんて言うなバカタレ!!!」
「おい、文次郎、」
「お前は……っ!………くそっ!」
立花が潮江を制すると、潮江は顔を歪ませ、教室を出て行った。
潮江が出て行った今でもおれは唖然とするばかりで思考が働かないでいる。
「……今のはお前が悪い」
立花をゆるゆると見ると、立花は眉を下げておれを見ていた。
「え…だって……」
「冗談、なんだろ?」
「………ん、」
思わず俯いてしまったおれの頭に立花の手が乗った。
「……文次郎にとっては、辛い言葉だ………特に、渚、お前が言ったら駄目だ。」
「…なんで、」
「……そのうち、分かる」
意味深に呟いた立花はおれの頭を数回軽く叩いた。
「………おれ、潮江を探してくる」
「行きそうな場所はわかるか?」
「……屋上、かな」
そう呟くと、立花は驚いた顔をしたあと、ふふ、と笑った。そんな立花に内心首を傾げながら、足早に教室を飛び出した。
「潮江、」
屋上の扉を開けると、潮江はフェンス越しに外を見下ろしていた。おれの呼びかけに振り返ると、ずかずかとおれに近づき、おれを力一杯抱きしめた。
「…っ!おい、」
「…………もう、冗談でも死ぬなんて言うな。」
「…………ごめん、」
あまりにも不安定な声色に、思わず肩を揺らした。潮江はおれを抱きしめる力を更に強くして、肩に頭を乗せた。首に潮江の髪が当たってくすぐったい。でも、今ここでおれは潮江を突き放したらいけないと思った。理屈じゃない、直感だ。
「………わかったらもういい、」
潮江はおれを離すと、頭を数回撫でた。その顔は今にも泣き出しそうに情けない顔をしていた。
「…ほら、教室に帰るぞ、」
「おう、」
おれは、何がそんなに潮江を傷つけたのか、わからなかった。ただ、おれが何かを知らないせいで潮江を傷つけているのだということだけがおれの前に与えられたたった一つの事実だった。
それが、どうしようもなくもどかしく思えた。