忍たま長編1/勿忘草

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あっさりと承認された花壇再建案にとても嬉しそうな顔をした渚を抱きしめそうになった日の放課後、またもや集まった忍術学園組のダラダラとした時間が流れていた。

「なんだ文次郎、今日は機嫌がいいな」

小平太の気の抜ける声に「ああ」とだけ答えて、また花壇再建案を眺めた。

「渚が、花壇の再建案を考案したんだってね」

「まあな」

伊作が嬉しそうに言うのも無理もない。忍術学園の花壇再建案を出したのも渚だった。その時も生物委員や保健委員と協力して花壇を整備していた。生物委員は単純に動植物が好きだからで、保健委員は薬草を育てられたら内職する必要がなくなると喜んで手伝っていた。無駄なことに予算は使えんと言ったら、裏庭から採ってきた種で育てるから予算なんかいらない!と言い張られたのを今でも覚えている。

今回の花壇再建案でも、結局予算は一円も回さなかった。成功するかしないか分からないことにお金を割く必要はない!種くらい自分で調達する!と渚が言い張ったからだ。意外と各家庭に余った種があるはずだとも言っていた。

「……やっぱり、変わらねぇよあいつは」

全然、変わらない。俺が好きになった渚のままだ。変わらないというのは、成長していないという意味ではない。渚を構成する、根っこの部分があの時も今も変わらないのだ。

「そういえば、渚が前に文次郎を怒らせた時にもそんなことがあったな」

仙蔵が、今日出た課題を解きながら呟いた。紫掛かった黒髪に光が当たってキラキラとしているのを見て、お前も全然変わらねぇなと頭の隅で考えていた。

「冷静さを欠いた文次郎が、教室を飛び出したとき、渚が文次郎を追い掛けると言ってな。どこにいるのか分かるのかと聞いたら、屋上だと思うと言っていた。あの頃文次郎は、鍛練だ鍛練だと馬鹿みたいに屋根の上やら木の上やらを飛び跳ねていたからな。それをどこかで覚えているのかもしれないな」

確かにあの頃、俺を探しに来るのはいつも渚だった。大抵、木の上か、はたまた屋根の上か。会計室にいなければそのどちらかに良くいたのは確かだ。十キロそろばんを持ちながら、木に上るといい筋トレになるからだったのだが……

「……なぁ、発言に棘があるように感じるのは気のせいか?」

「なんだ文次郎。嬉しくないのか」

そんなの嬉しいに決まってんだろ。だってそれは、渚の根底に俺がいるってことだろ?

「………察しろ」

それしか、俺には言うことが出来なかった。ニヤニヤと笑う留三郎に睨みを効かせていると、小平太の隣で長次が何やら鞄をいじっていた。

「………………………文次郎。」

「どうした長次」

「…………いい花を知ってる」

「へえ、お前、花も詳しいのか?流石、年中図書室にいるだけのことはあるな」

相変わらずふて腐れた顔をした、機嫌のいい長次が図鑑を手にしていた。他のメンバーも長次が何の花を言うのかと興味津々な表情を浮かべている。

「……………これだ」

しばらくすると、目的の花を見つけたのか、一つだけ指を差した。

「何なに……ワスレナグサ?」

はっ、と息を呑んだ音が聞こえた。何だと顔を上げると、悲しそうな顔をした伊作と、どこか複雑な顔をした仙蔵がいた。

「……長次、それはわざとか?」

「…………俺達、全員に当てはまると思った」

仙蔵がやるせない顔を浮かべているのはとても珍しいことだった。

「なんだ、どういうことだ?」

ワスレナグサの欄を見ても、紫色の花で多年草、というくらいしか分からない。何をそんな表情を浮かべる必要がある?

「あのね、ワスレナグサっていう花の名前は外国ではこう言われているんだ。『forget me not』―――『私を忘れないで』」

ひゅ、と喉が鳴ったのは俺か、はたまた別の奴か。今の俺には、判断出来なかった。




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