忍たま長編1/勿忘草

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時々、思い出す。あの日の二人を。

難しい任務だということを仙蔵は文次郎と渚から聞いていた。そこで、学園長から忍術学園で一番息のあった二人に指名があったのだ。その旨を渚から聞いたとき、同じい組として誇らしく思ったほどだ。そして、この二人なら絶対に大丈夫だと思った。だから少しの不安もなく、送り出したのだ。

そして数日後、二人が帰ってきたときのことは忘れやしない。
顔を落とした文次郎の腕に抱かれた渚の姿を。

「・・・おい、どういうことだ、」
頭の芯まで冷え切っていた。そのくせ、思考は止まっていて、何も考えることが出来なかった。文次郎は顔を落としたまま何も言わなかった。ダラリとした渚の腕はピクリとも動かない。赤に汚れた忍装束が悲劇を物語っていた。
伊作が保健室に連れていけと懇願するように叫んだ。膝から崩れ落ちた留三郎の隣で、小平太が茫然と佇んでいるのが視界に入った。何事かと寄ってきた後輩達に近付くなと長次が怒鳴った。

信じられなかった。文次郎の肩が小刻みに震えているのも、渚の身体が血に濡れているのも、なにもかも。

ひとまず保健室へと向かったはいいものの、文次郎は渚を離そうとはしなかった。もしかしたら間に合うかもしれないという声にゆるゆると首を振るだけだった。乱れた髪で隠れた顔を見ようと渚に触れた瞬間、思わず手を引っ込めた。

―――信じられないほど冷たかったのだ。

指先からヒヤリとした感覚が伝わり、急に渚がピクリとも動かないことが現実を帯びて襲い掛かってくるようだった。そして、どうして文次郎が頑なに渚を離そうとしないのかがわかってしまった。

新野先生に促され、やっと渚を床に寝かせた文次郎は、感情をまるで表情に出していなかった。汚れた頬にいくつもの線が流れた後こそ見えるものの、今はもう渚以外見えていないようだった。ヒヤリと冷たくなった渚の身体を温かいお湯で拭きあげる伊作は何を思っただろうか。それをボンヤリと眺める文次郎は渚の手を離さなすことはなかった。渚の身体に開いた穴がこの悲劇の現況だと言っているようだった。。それを見た文次郎は悔しそうに下唇を噛み締め、眉を寄せていた。仲間の命が落ちたのを見るのは初めてだった。身体はそこにあるのに、魂はそこにはないということがどうも信じがたかった。いつものように周りが明るくなるような笑顔をパッと咲かせるような気がしてならなかったのだ。

そう、あのときの出来事は文次郎だけでなく、私たち六年生に深い傷痕を残すものだった。ついに文次郎は渚の最期を語ることはなかったし、私たちも聞かなかった。
そして、最期の瞬間を想像すらしないまま、戦国の時を終え、この平成にいたる。これ程の長い時を経てもなお、時たまあの日を思い出す。もう二度とあんな日を迎えたくないと思う。そして、あんな日があったからこそ、私たちは文次郎と渚が幸せになる日々を祈ってやまないのだ。二人が幸せになる姿を見る使命すら感じているのだ。
だから、早く、早く幸せになってくれ。そして私たちをホッとさせてくれ。私たちに祝わせてくれ。近い未来にそれが実現することをもう一度祈って、談笑する二人から目を逸らした。




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