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□攫う
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オリンピックも終わり、無事日本へ帰ってきた。
お疲れ様会ってことで、日本選手6人で打ち上げすることになった。
「こんばんはぁっ!」
元気で明るい声が聞こえて、誰だろうとそちらに目をやると、その声の主は、大輔ちゃんと一緒に入ってきた女の子だった。
大ちゃんの彼女の、名無しさんさんだ。
俺よりも5つ年上だったはず。
大ちゃんとは仲がいいから、そのおまけみたいな感じで、名無しさんさんともそこそこ仲が良かった。
「こいつも行きたいって聞かへんくて。」
大ちゃんが、あはは、と頭を掻きながら話す。
6人+1人が集まったところで、打ち上げがスタート。
ちなみに席は、俺の隣に名無しさんさん、その隣に大ちゃんが座ってる。
打ち上げも中盤。
俺はまだ酒が呑めないから、ひたすらお茶を飲んで、酔ったつもり、を楽しんでいた。
周りの酔いのテンションに乗せられて、楽しい時間を過ごしていた。
「俺、トイレ行って来るね。」
みんなにそう伝え、一旦席を外す。
用を足して手を洗い、トイレの扉を開けると、人影が。
「名無しさんさん?」
「あたしもトイレ〜。」
そう言ってこちらに向かってくる。
「名無しさんさん、こっち、男子トイレですよ。」
「あれ?あれれ〜?おかしいな...あ、こっちかあ。」
名無しさんさん、確かちょっとしか酒呑んでなかったはずなんだけど。
酒に弱いんだろうきっと。
こっちが男子トイレだと気付いた名無しさんさんは、女子トイレの方に方向転換しようとする。
が、名無しさんさんはふらふらの状態で、方向転換さえも出来ず、
「あ」
と、自分で言ったときには既に、名無しさんさんを正面から抱き締めて支える形になっていた。
酒の匂いよりも先に鼻をついた、甘い香水の香り。
それに反応したのか、どきり、と心臓が高鳴る。
「だ、大丈夫ですか?」
「結弦くん〜、ありがろぉ〜。」
陽気で、呂律の回っていない口調で名無しさんさんは言った。
助けたのはいいけど、どうすればいいんだろう。
起き上がる気配も無く、俺にしがみついたまま離れようとしない。
「あ、あの、名無しさんさん?」
「ねぇねぇ結弦くん?」
甘い声が耳に響く。
「ほんとはね、
結弦くんがすきなの。」
この言葉は聞いてよかったのだろうか。
それを言ったあと、名無しさんさんからの応答がなくなり、眠ってしまったんだと気付く。
ポケットから携帯を取り出し、押し慣れた電話番号を打ち込む。
「あ、もしもし大ちゃん?名無しさんさん、トイレの前で寝ちゃってるよ。あと...」
口が滑って、つい言ってしまいそうになった。
「あ、いや、なんでもないよ。」
『大ちゃんには悪いけど、
彼女、攫っちゃってもいい?』