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□誓う
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名無しさんは覚えてるんだろうか。
『名無しさん。』
『んうー?ゆづくんどうしたの?』
今と変わらず、愛らしい声で俺のことを「ゆづくん」って呼ぶ名無しさん。
振り返ったときに笑顔を見せる名無しさん。
そんな名無しさんのことを、俺はこの時から大好きだった。
『ついてきて。』
俺は名無しさんの小さな手を握って、走り出した。
向かったのは、夕日が綺麗に見える河原。
『わぁー...!!綺麗だね、ゆづくん!』
『夕日が沈みそうなときにね、ここでキスするとずっと一緒にいられるんだって。』
『そうなの!?すごいっ!』
『...ね、ねえ、名無しさん。僕...絶対名無しさんのこと幸せにするから...!け、結婚、してくれますか...?』
恥ずかしすぎる台詞だったけど、今でもちゃんと覚えてる。
『あたしも...ゆづくんが好きです。』
名無しさんの顔が赤かったのは、夕日のせいだけじゃなかったはず。
まだ幼くて、キスの仕方も分からなかった俺は、名無しさんの肩に手を置いて、そっと触れるだけのキスをした。
名無しさんは覚えてるんだろうか。
やっぱりこのジンクスは本当だったってこと、今だからこそ言えるんだ。
「うん、覚えてるよ。ちゃーんと。」
青々とした野原、緩やかな流れの川、オレンジに染まる夕日。
胡坐をかく俺の上に座っている名無しさんは、ちらっとこちらを見て答えた。
あの時と何も変わってない笑顔だった。
俺は名無しさんのことが好きなんだ、と実感する瞬間だった。
「キス、しよう。」
俺がそう言うと、ん、と目を閉じて少しだけ口元を前に出す。
名無しさんの頬にそっと触れて、優しく口付けてやると、名無しさんはいつものように目を逸らす。
それが癖になってしまったようで、何度キスをしても目を逸らされる。
「こっち向きなよ?」
「や、やだっ...恥ずかしいもん...」
そんな名無しさんが可愛くて仕方ない。
もう15年以上一緒に居るっていうのに、名無しさんは絶対に俺を飽きさせない。
両手で頬を挟み、無理矢理こちらを向かせて、もう一度キスをする。
「一度しか言わないから、聞いて。...結婚、しようか。」
名無しさんの顔が赤いのは、夕日のせいなのか、キスのせいなのか、俺の言葉のせいなのか。
きっと全部だろう。
「あ、え、あ、えっと...その、」
言葉を途切れ途切れにさせながらも、名無しさんは言葉を紡いだ。
「こ、これからも、よろしくお願いしますっ...」
俯いて、恥らうように言ったこの世でただ一人の愛しい人を抱き締めて、俺は言うんだ。
「永遠を、誓うよ。」