パラレル

□PussyCatはお好き? 第2回
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「キャンペーン?」

「はい。プレゼントを購入する動きがこの十日間でより活発になることは、マーケティングの結果からもはっきりしています。クリスマス向けのイベント関連商品ですし、ここで攻勢をかけたいのですが……いかがでしょうか」

 斎藤は手元にある、千鶴の示したキャンペーン案のプレゼン資料にふたたび目を通した。

 始業前の会議室に今は二人しかいない。
普段出社の早い二人が共にいることはいつもの光景だが、今朝は千鶴が「始業前に申し訳ありません。」と声をかけながらも半ば強引に上司である斎藤を会議室へ連れ込んだのだ。

 常ならぬ千鶴の様子に、斎藤はあえて黙ってついてきた。部下の相談毎に自分でできることなら応じてしかるべき、と思ったのだが、予想に反して千鶴が言い出したのは、仕事の話だった。

「ふむ。たしかにこの商品はうちのブランドイメージとは毛色の違うものだからな。これまでの販売推移をみても、そう芳しい結果は得られていないようでもある。……いいかもしれん」

 斎藤の同意を得て、千鶴は顔を綻ばせて最後の押しに入る。

「そうなんです。商品の価値はあると思います。ですから既存のお客様に加えて、新たな顧客開発の一助にもなると思いますので……。よければやらせていただけないでしょうか」
 斎藤は一度目を閉じ、考えた後、千鶴に顔を向けキッパリと言う。
「わかった。やってみろ。ただし、歳末のこの時期みんな自分の仕事を抱えて忙しい。ほぼ一人で担うことになるが……、できるか」
「はい! ありがとうございます!」
 千鶴はデスクの下でひそかにガッツポーズを作った。

「手に余るようなら、そうだな……平助に助力を頼め。俺からも話を簡単に通しておく」

 腕時計に目をやった斎藤が、始業間近の時間に気づくと、二人は慌てて書類を片し会議室の出口へ向かう。
 斎藤はふと、ドアを開ける千鶴に背後から声をかけた。

「しかし、仕事の話なら、始業前に持ち出さなくてもいいのではないか」
「あっ、はい。申し訳ありません。あの……えと、いっ一刻も早くお話ししたくて」
 千鶴の応答が、なぜがしどろもどろになるのに首をかしげたが追及することは阻止された。なぜなら、ドアを開けて一歩を踏み出した千鶴が前に立ちふさがる人物に派手にぶつかったからだ。

「!」

 千鶴は相手の胸板に鼻をしたたかに打ち付け、顔を押さえる。
「危ないなぁ。前をちゃんと見なよ」
 ぶつかってきた千鶴の両肩をつかみながら、彼女の頭上からひょうひょうとした声をかけたのは言わずもがな、沖田だった。

「総司。お前がそこに立ちふさがっているからだろう。そんなところで何をしているのだ」
 斎藤の指摘に沖田は心外だ、と言わんばかりの態度で大げさに溜息をつきながら言う。
「何言ってるのさ。早朝の会議室に二人っきりで籠ってひそひそしてる方が『何やってる』んだか。こっちの方が聞きたいよ」
「別に怪しまれるようなことは何もない。ただの仕事の話だ。新たなキャンペーンの……」
「大変! もう始業ですよ! お二人とも、早く行きましょう!」
 それまで黙っていた千鶴が突然大声をあげて、二人の間に割り込む。
 そして肩を掴まれていた沖田から一歩引き、沖田の目から隠すように書類をギュッと抱え込んで、急ぎ足でその場を離れようとさっさと歩きだす。

 どう見ても不自然な千鶴の態度に斎藤は眉を顰め、次いで隣にいる不機嫌そうな顔をした男に向かって「雪村に何を言った?」と低い声をかけた。
 それに対してチラと斎藤を一瞥した沖田は「……別に、何も」と返す。
 これ以上聞いても無駄そうだと判断した斎藤は、千鶴の後を追うように先へ踏み出しながらつぶやく。
「雪村は今はうちのチームで、俺の部下だ。余計なちょっかいはかけるな」
 斎藤の忠告に対して沖田はふふんと笑いながら、何も答えず斎藤の背について歩き出した。
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