パラレル

□HERO
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「そんなことできるわけないでしょ。無理、ぜったい!」
僕が何度言い募っても、周りの大人たちは、無言の圧力をかけてくる。
特に『監督』と呼ばれているこのおじさんの笑顔から発する黒いオーラは、正直僕にも負けない黒さだ。

「とにかく、僕はこれからとっても大切な用事があるので、失礼します。」
最後通告をしてその場を立ち去ろうとした僕に、背後からのんきな声がかかった。

「沖田先輩!どうなさったんですか?」
ふり返れば千鶴ちゃんが、大きな目をさらにまんまるにして、手にはお弁当の入っているであろうバスケットを捧げ持って立っていた。

***

つまり、早朝の公園で行われていたのは日本中の誰もが知っているであろう【○○ライダー】シリーズの撮影であるらしかった。

僕だって、名前くらい知ってはいるけど、正直自分が小さな頃にも、熱心に見た覚えはないし(その頃は近藤さんの道場へ通い始めたころで、そっちに夢中だった。)、今なんかさっぱりだ。

かたや、千鶴ちゃんは手を胸の前で組んで目をキラキラさせて、頬を紅潮させている。
「沖田先輩がライダーに…!す、素敵です…!」
なんて、うわ言のように呟いているから、さすがの僕もちょっと青筋を立てて、彼女を諌めようとしたら――。

「そうだよねぇ。彼氏が国民的ヒーローになっちゃうなんて、素晴らしいよねぇ。」
『監督』が、猫なで声で千鶴ちゃんに笑顔を向ける。

「だから、そんなの無理に決まってるじゃないですか。」
「無理は百も億も承知の上。しかし、やらねばならない大人の事情があるんだよ。土下座して頼めと言うなら、いくらでも……。」
「土下座なんてされたって、そんなのそっちの勝手じゃないですか。僕には関係ありません。」
「まあまあ、彼女さんも期待してるみたいだよ?ところで君、イイ身体してるけど、なにかスポーツとか武道の経験とかあるの?」

ちっとも人の話を聞かない『監督』に、相手をするのもバカバカしく思えて、無言でいると――、

「せ、先輩は剣道の有段者で!高校選手権では全国優勝をなさっています!」
横から千鶴ちゃんが誇らしげに『監督』へ応えているし……。
…千鶴ちゃんに自慢されるのは嬉しいけど、今は空気を読んでほしかった……。

「ほお!!イイネ!イイネ!ブラックチェリーのアームズウエポンはソニックアローじゃなくて剣だし!和のゲネティックライドウェアのイメージにもぴったりだ!」
「よし!さっそくイこう!」

『監督』のわけのわからないGOサインで、現場の人たちが慌ただしく動き出す――。

「なに、勝手なこと言ってるんですか!いい加減に……」
言いかけたところで、千鶴ちゃんがまたもや空気を読まないというか、僕の意思を無視した言動をとってきた。
「先輩!が、がんばってください!」
「君まで。寝ぼけてるの?そんなの無理に決まってるでしょ?大体、千鶴ちゃんがライダー好きなんて初耳なんだけど?」
「わ、私も今のライダーには詳しくないんですが、アギトとか龍騎とか、薫と小さい頃に見てました!龍騎はたくさんのライダーが出てて、お話とかもちょっと難しくてよくわからなかったんですが、薫と変身ごっことかは、よくしてました!!」
キラキラ笑顔でそんなこと言われても……。

「つまり千鶴ちゃんは、僕がここでライダーの仲間入りをしたら嬉しいんだ?」
「それはっ、その!歴代ライダーはイケメン揃いって有名ですし、先輩はぴったりだと。あ、でもそれで今より女の子たちに人気が出ちゃったりすると、ちょっと困るかもしれないですが…でもでも、先輩ならきっとちびっこたちにも憧れられるようなかっこいいライダーに…あっ、そ、そうするとお母さんがたにも……。」

千鶴ちゃんはすっかり舞い上がって、ぶつぶつ言っている内容が斜め上をいっている。

――ここまできて僕も、周りの雰囲気と大人たちの圧力と、彼女の期待を認めて、あきらめざるを得なくて…。
目を閉じて重い溜息をつき、前髪を掻き上げた。
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