パラレル

□HERO
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−3−

天は我に味方した!
そんな声が頭に木霊した。

にっちもさっちもいかない撮影現場に、たまたま居合わせた青年が見目麗しいイケメンで、たまたまイメージに合う武道の経験者で、たまたま頭の回転と呑みこみのよい子で、たまたまゲスト出演役だから代替でも支障がなくて……。

実際、かの一般人君は(沖田君というらしい。彼女談)スタッフから説明された段取りや、殺陣をなんなく覚え、瞬時に対応している。こちらが舌を巻くほどの、出来の良さだ。
もともと武道をやっていて、良い成績を収めるほどの勘の良さもあるのだろうが、乱闘のシーンでは、見惚れるほどの立ち振る舞いをしてくれた。
そして、なんと言おうか、“華”があるのだ。テストで回したカメラから確認しても、人の目を惹きつける。
彼の剣技は舞を舞っているよう、と言えば、言い過ぎか。だが、これはいいものになる!と、『監督』として嬉しくなったほどだ。

「よーし!10分休憩後に本番いくぞ!」

スタッフたちのやる気も上がって、現場はいい雰囲気になっていた。
沖田君は周りのスタッフや、殺陣の相手役たちと打ち解けた様子で、軽く息を弾ませながら話しをしている。
そこへ、控えていたかわいい彼女も駆け寄って、見ていて和む光景だ。

***

「先輩!お疲れ様でした!」
千鶴ちゃんがにこにこ笑顔で、タオルを手に駆け寄って来てくれた。
タオルなんて、よく用意してたね?
軽い疑問は置いといて、僕は受け取りながらにっこり笑顔で答えた。
「うん、ありがとう。僕、かっこよかった?」
「はい!!!もちろんです!」
気を利かせてくれたのか、いつのまにやら周りの人たちは離れて、今は現場のすみっこに二人きりだ。

「ふうん。君が喜んでくれたなら、僕はそれでいいよ。ほんとは、千鶴ちゃんのお弁当食べながら、のんびり爽やかな朝を過ごすつもりだったんだけど……。君がそんな笑顔で喜んでくれたら僕も嬉しいな。」
千鶴ちゃんは頬に朱をのぼらせて、恥ずかしげに僕に笑いかける。
「はい。嬉しいです!これから本番みたいですね。……先輩のかっこいいところがもっとたくさん見られるようで楽しみです!」

「………そっか。…なら、千鶴ちゃんからはどんな嬉しいことしてくれるのか、僕も楽しみにしてるよ。」
「――え!?」
千鶴ちゃんのかわいらしい笑顔が、一瞬で凍りついた。
そんな顔しても今更……ねぇ?
僕は彼女の耳に顔を近づけて、ワザと囁くように告げた。
「これが終わったら、今日と言わず明日の予定まで僕はぜーんぶキャンセルするから。君も今のうちに、根回ししておいてね。」
千鶴ちゃんはあわてて耳を手で押さえ、顔を赤くしてよろめいた。
「えっ!?え……せ、先輩。あのっ!」

「本番いきまーす!!!」
中央のほうで、大きな声がかかり、にわかに現場に緊張感が増してくる。

「じゃ、よく見ててね。」
僕は青ざめながら赤くなっている千鶴ちゃんにタオルを手渡して、現場の中央へゆっくりと歩きだした。
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