パラレル

□HERO
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「――そこまでにしておいた方がいいんじゃないかな?」
“趣意を変えなければ言いまわしは好きにして構わない。”
そう言われていたから、自分に無理ないように台本のセリフを口にして、公園のオブジェの陰から一歩を踏み出す。
「あっ、あなたは!?」
「僕が何者でもいいじゃない。そんなことより、今はやつらを片づけるほうが先でしょ!」
女優さんをかばうように立ちふさがりながら言い放ち、殺陣のシーンに入った。
僕に渡されたのは、木刀に似た長い棒だったから、身になじんだ武器はなんなくこなせて、【インベス】とか言う『敵』を蹴散らしていく―。
チラと撮影現場の外を伺うと、千鶴ちゃんが両手を握りしめて、必死にこちらを見守っていた。

4〜5人の敵を退けたところで、ピンチの場面がやってくる。
敵の【アーマードライダー】とか言うちょっと強いやつに、僕は手にしていた武器を弾き飛ばされた。
ここはちょっと本気でやられたから、木刀を持っていた右手が軽くしびれて、思わず左手で右手首を押さえ、舌打ちが出た。

***

沖田君は、悔しそうな表情から一変、口の端を釣り上げて楽しそうに笑うと「そろそろ、これを使うころかな?」そう言いながら、この撮影の目玉、黒光りするブラックチェリーエナジーロックシードを徐に取り出した。
ここからはある意味最大の見せ場、変身シーンだ。
華のある彼の表情と、ウエストのゲネシスドライバーにロックシードが装てんされる様をカメラで追う。
演技が空回りしないように、効果音が小さく現場に流れるようにしていた。
「ブラックチェリーィ エナジー!」
「エナジー スタンバイ!」
「ロック・オン!」
キュキューン!
「ソーダァ」
シュワワワヮヮヮヮッ
「ブラックチェリーィ エナジー アームズ!」
ズキューン!
♪(キュウン!)パラパラパラパラッ!パッパ!パラパラパラパラッ!
ジャキーン!!


「――カット!!」
沖田君の最後の決めポーズを見届けて、撮影を止める私の声が、現場に響いた。

***

「お疲れ様。まずはお礼を言わせてくれ。本当にありがとう。」
私は沖田君に近寄り、右手を差し出した。
彼はキョトンとした表情で私を見つめ、そして人を魅了する笑顔で握手を返してきた。
「いいえ。大人の事情とやらのお役に立てたならいいですけど。」
正直、これきりではひっじょ〜にもったいない。
私は握手した手に力を込めて彼に無駄とは思いつつ打診してみる。
「君さえよければ、この次、またはほかに何らかの出番でも…。役者に興味はないのかい?」
「そうですね。」
――彼にあっさりと即答された。
握手を解きつつ、彼は遠巻きに見ていた彼女を振り返りながら言う。
「彼女の“ヒーロー”になれたなら、それで十分ですから。」
くすぐったそうな、無邪気でちょっと得意げな彼の表情に目を奪われ…、今この瞬間、カメラを回していないことを悔やんだ――。
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