パラレル

□HERO
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“早朝デート”はもちろんお流れで、もう昼過ぎの時間。
食べ損ねていた千鶴ちゃんのお弁当を公園の別の場所へ移動してから、二人で頬張った。
「千鶴ちゃん、もう昼過ぎだけど、大丈夫なの?」
今日は土曜日だけど、たしか予備校の講習がどうたら、と言っていたような気がする。
「は、はい……。薫に電話を入れて、いろいろ頼んでおきました。それで、その、先輩。この後なんですけれど…先輩は…?」
「ん?僕はもともと千鶴ちゃんに振られちゃって、近藤さんの道場へでも顔を出そうと思っていたから、それはいいよ。あとで近藤さんには、連絡を入れるし。」
「そうですか……あっ…えっと…。」
まだ何か言いたそうな千鶴ちゃんの様子をそ知らぬふりで、視線をさっきまでいた現場の方へ向ける。
「もう撤収しているね、早いなぁ。」
「そうですね。」
「あの『監督さん』も含めて、すっかり今日はやられちゃったなぁ。」
ここでわざとらしく、千鶴ちゃんに視線を戻す。
そして僕はそのまま、座っている彼女の太ももに勝手に頭を落とした。所以、膝枕というやつだ。
千鶴ちゃんは頬に朱をのぼらせながらも、嫌がったりしない。
「お疲れ様でした…。あのっ、私もほんとにすみませんでした。」
謝罪を口にしながらも、千鶴ちゃんは嬉しそうに僕を見下ろして、僕の前髪を指先でやさしくくすぐりながら言う。
「でも―― 先輩はほんとのヒーローみたいでした。」
「―うん。」
彼女越しに見える太陽がまぶしくて目を細めると、額にやわらかな感触が落ちてきた。

「今日は大胆だね。」
ここでからかっちゃうのが僕の悪い癖。
千鶴ちゃんはもっと顔を赤くさせて、もう湯気が出そうな勢いで。僕の視線を手でふさぎながら「見ないでください。」なんて言ってる。
彼女の手の陰で幸せな笑いをこぼしながら、この後にまだまだ続くはずの楽しいあれやこれやを妄想してみる。…明日までまだまだ時間はいっぱいあるよね。

春の温かな風が、木漏れ日を揺らしていく。
僕は視線をふさいでいた彼女の手をとって、そのまま掌に口づけながら囁く。
「ヒーローになるのも悪くないかな。」

***

公園から最寄りの駅まで手をつないで歩く。
行先はもちろん、僕の家だ。
撮影の合間に話して、あれ以上の催促はしなかったけれど、彼女もいろいろとがんばってくれたみたいだ。
もちろん負い目につけ込んでる自覚はあるよ。
その分これから、千鶴ちゃんが(もちろん僕も)目一杯幸せな時間を過ごせるように努力するからね。

「今日の撮影回って、放映はいつなんでしょうか?」
千鶴ちゃんが傍らの僕を見上げながら、問いかける。僕は首をかしげた。
「そういえば、聞いてなかったかも。」
「えっ!そうなんですか!?じゃあ、今週からチェックしないと!」
「見るの?」
「当たり前じゃないですか!…たしか、ゲスト的な出演って言ってたと……。」
「だね。だから、僕が出るのに支障ない、みたいなこと言ってたし。」
そこまで言ってふと僕は気になっていたことを思い出した。
「そういえばさあ、最後のシーンで現場に流れていた変身のかけ声?みたいなの。……なんか、妙に耳馴れてるっていうか、どっかで聞いたような気がするんだけど…。千鶴ちゃんはなかった?」
「えっ、そうなんですか?…私は夢中で…気づきませんでした。」
「―ふうん。ま、いっか。」

すっかり夕方になって、二人のつながった影が足元から長く伸びていく。
僕らは夕飯の相談なんてしながら、駅の改札へ入っていった。


――後日。
沖田出演回の放映後、『ブラックチェリーのアーマードライダー』は出演がその放映の1回きりとあり、謎のライダーとしてネット上などで大いに話題をさらい、問い合わせも殺到。
しかしファンの熱望にもスポンサーの押しにも係らず、ふたたびの出演は実現しなかった。加えて俳優の素性も明らかにならず…。
俳優の風貌と謎に包まれた存在が、まさにブラックチェリーのように、黒く甘い謎となって語り継がれる。
――伝説となった放映回は収録されたブルーレイが、今までにない売り上げを記録したとか何とか――。


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