パラレル

□甘い戯れ
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途中、一時間半を過ぎたところで総司に声をかけたが「……うん。」と生返事が返るだけ。
真剣に書類に目を落とす彼の表情を見ていたら、――前髪が邪魔そうだな……と思い、イタズラ心でお揃いのピンクのボンボンのついたゴムで総司の前髪を結った。
総司は千鶴のなすがままで書類から目を離さない――。
千鶴はあきらめて、雑誌を放り出し、テレビを小さな音量でつけた。


そこからまた一時間半。

もう深夜に差し掛かる時間帯になり、テレビもニュースか、深夜っぽいバラエティが流れるだけ。
千鶴はテレビを消し、今度は熱い紅茶を入れてお菓子の箱もお盆に載せ、総司の傍に戻った。
そしてテーブルにお盆を置くと「総司さん、お紅茶入れました。」そう言って、総司の背中に抱きついて背中に頬を寄せた。
「……総司さん、そのお仕事、いつ終わりますか……。」
「……うん?もう少し……。」
総司は淹れた紅茶に口をつけて、呟く。
「……総司さん?」
「ちょっと待ってねー。」
「…………ぶぅ。」

イラスト(外部に飛びます)

正直、自分からこうして甘えることは千鶴自身、珍しいと思う。
けれどなんとなくツイてない一日の終わりを、笑って楽しくしたいと思った目論見すら外れてしまい、もうなんというか、気分が腐ってしまっていた。
仕事をがんばる総司を応援したい気持ちはもちろんあるが、今だけ、ちょっとだけこっちを向いて欲しいのに……。
いつもの総司なら千鶴がこうして抱きついたりしようものなら、喜色満面で、もういいです! と言いたくなるほど、かまい倒されるのに、今は見向きもされず、彼の背中から回している手すら宙ぶらりん。

なんだか悲しくなってきてしまったが、そこでテーブルに置いたお菓子の箱が目に入った。
(ま、負けない!)ツイてない日に負けるみたいで悔しい。こんなことでめげないのだ! 
千鶴はおもむろに立ち上がると、お菓子の箱を手に取って封を開けた。



「そ、総司しゃん!!」
かなり上ずった千鶴の声がして、僕は仕事でいっぱいだった思考をこの場に引き戻される。
「?」
千鶴の声の様子がおかしいのがわかったので、書類から目を離して横を向けば……。
千鶴が真っ赤な顔をしながら、ポッキーを口に咥えて目を閉じて小刻みに震えている。

これは……!

所以、ポッキーゲームを誘われているようだ。
僕は一瞬面食らったけど、一呼吸おいて千鶴を見れば、それ以上押すことも引くこともできない様子の彼女が、可愛いやら可愛いやら。……ほんとに、可愛い。

でも仕事はほんとに、あとちょっとだ。こんなおいしいシチュエーション、気になる事柄を残しながらなんて、もったいなさすぎる。
僕はちょっと考えてから、顔だけ彼女の方へ向け、プルプルし出した千鶴の咥えるポッキーに、反対の端から齧りついた。
そのままポリポリと噛み進め、あと2センチ……、もう唇が触れるか、というところで、ポキっと軽快な音を立てて、ポッキーを折って食べてしまう。
「ごちそうさま。」
と咀嚼しながら言って、ふたたび書類に目を戻した。

横目でチラと見た千鶴は、残った小さなポッキーの欠片を口から落として、大きな目を見開いてあっけにとられている。
それはそうだろう。千鶴にしてみれば一世一代の勇気を振り絞って仕掛けたんだろうに、結果はこの有様。

……どうするかな……? 
ちょっと意地悪し過ぎかな。
これで拗ねたらご機嫌を回復するにはそれなりの努力が必要そうだ。
ま、でもそんなもの大したことじゃない。いつも以上に言葉でも身体でも駆使して、何度でも、わかってもらえばいいんだから。どれだけ僕が君を好きかってね。

そんなことを考えながら、僕はパソコンに最後の仕上げを打ち込む。
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