長編
□黒髪の末皇子
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世界の半分を帝国が統一して百年。この年、皇帝の第七妃マルー・シェリエは、皇帝譲りである紫色の瞳を持つ、美しい皇子を生んだ。
リリ・ローシェと名付けられた第六皇子は、少しの波乱と、多くの幸福の中で人生を送る。
これは、その最初の物語――
「リリ・ローシェ」
名を呼ばれ、黒髪の少年は声のした方を振り返った。黒髪は異国の血が混じった証、他国から嫁いだ亡き母が、確かにここにいたという証でもあった。
「リリ・ローシェ、そこで待ちなさい」
強い口調に、逃げようとしたリリ・ローシェは、カチンと固まった。
やって来たのは、第一皇子ダリエル・シャンである。今年十一歳になったリリ・ローシェとは十歳違いの、二十一歳になる。
リリ・ローシェとは違い、髪も皇帝譲りの見事な金髪で、緩い癖のあるそれは背後で一つに結ばれている。そこにいるだけで、空気が変わる程の存在感を持った、正にいずれは皇帝になるべく生まれた、と言われる青年だ。
「あ…兄上様」
「また教授の授業をサボッたそうだな。駄目じゃないか、リリ・ローシェ」
大好きな兄に会った途端の小言に、リリ・ローシェはしゅんと俯いた。
皇帝を手伝って公務に忙しい一番上の兄とは、話せる機会も少ない。だから、こんな風に声をかけて貰えたなら、本当は飛び跳ねて、はしゃぎたいくらいに嬉しいのに。
けれど小言か、と思うとがっかりで。
「そんな顔をするなリリ・ローシェ。人の上に立つ者として、そして民の見本となるべき皇子として、常に毅然としていなさい」
「…はい」
今度こそしょんぼりと、リリ・ローシェは小さな肩を落とした。大好きな兄に叱られて、ショックなのだ。
こんな時の兄はといえば、可愛い弟には弱いもの、ダリエル・シャンは、ついつい甘い言葉をかけてしまう。
「リリ・ローシェ、私の前でだけなら、気を緩めても良いのだよ」
「まったく兄上様は、リリ・ローシェには甘くてらっしゃる」
腰に手をあて、困ったものですと首を振るのは、第三皇子ロカ・アーシャ。
「ロカ兄様!」
輝く長い真っ直ぐな金髪を、片方で三つ編みにして垂らした、青い瞳の青年だ。青い瞳は彼の母である第二妃譲りである。歳は、十八歳。
「聞いてるよ、リリ・ローシェ。また、教授の授業をサボったのだって?」
どこかで聞いた台詞だ。っていうか、どうしてロカまで知っているのか。
「あ! 教授が告げ口したの?」
「リリ・ローシェ。告げ口じゃないだろう。そもそも、君が…」
「まあまあ、ロカ・アーシャ。リリ・ローシェは国を継ぐわけではないのだ。多少は、良いだろう」
「先程と、言っていることが違いませんか、兄上?」
「聞いていたのか、ロカ・アーシャ。お前は、本当に人が悪い」
第一皇子であり、次期皇帝の最有力候補であるダリエル・シャンを、苦笑させたロカ・アーシャは、自身も肩を竦める。
「とは言え、私も人のことは言えませんね。リリ・ローシェ、教授がカンカンになって探していたよ。隠れるなら、後宮の方へは行かない方がいい」
それを聞いたダリエル・シャンは、呆れたようにロカ・アーシャを見下ろし、リリ・ローシェは、パアッと曇り空から晴れ間が差すような笑顔を浮かべた。
「ほら、こんな所で道草してないで、早く行かないと見つかってしまうよ」
ニコリと微笑んだロカ・アーシャは、片目を閉じた。
その時だった。
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