〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱

□12話 想い
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 どこに行こうか 
 
 どこに居ようか

 

 …どこに行きたい?

 …どこに居たい?


〜* 〜* 〜* 〜* 〜*


「誰も気づかなかったとは、どういうことだ!!」

「そういう土方さんも、気付かなかったじゃないですか。僕達ばかり責めないで下さいよ。」




 確かに。

 とはいえ、土方とてそれを承知していた。自分の非を棚に上げるつもりもない。

 これは、ある種の苛立ちから来る、彼らしからぬ言葉の綾だ。

 小さく舌打ちし、んなこたぁ分かってる、と眉間に皺をいっぱい寄せる。




「それに、ただ散歩に行ってるだけかもしれないでしょ」

「なんでそう言える」

「ただの勘ですよ」




 早朝。

 平助が大慌てで土方の部屋に駆け込んできたのがついさっき。

 三人がいた部屋は、もぬけの殻になっていた。




 門番に聞いても他の見張りに聞いても、誰かが出ていく様子は見なかったという。

 多分、そこは普段塀から出入りしていた不琉木の仕業だろう。上手いこと穴場を見つけていたに違いない。

 昨夜から今朝、幹部達は土方の命により、部屋の外で見張り番を交替でしていた。

 だが、誰一人として、その部屋から三人が出て行った気配を悟れず。そんな影すらも伺えなかった。





 傍らの原田は、平助と入れ替わりに三人の部屋へ向かっただろう斎藤を見送りつつ、複雑な顔で考え込んでいた。





「それとも、ほんとにあのまま、消えちゃったんだったりして」

「そんな馬鹿なことがあるはずねえだろうっ!」





 そう、あるはずがない。

 だが、昨日、この目で見たあの三人の不可解な変化は夢ではないことも確かで。

 皆、未だ内心の動揺は些か収まりきっていない。

 伊達に壬生狼はやってきていないから、もし不逞浪士百人を目の前にしても動じないし奇襲を受けたとしても冷静に対処できる自信はある。

 けれど、この、確固たる言葉で説明できぬ、とても現実のものとは思えぬ不可解なこととなれば少々…いや、かなり違う。

 途方に暮れる、とはまさにこのことだ。





「それで……どうするんです?土方くん」

「無論、探し出して連れ戻すさ。このまま野放しになんざ出来ねぇからな」

「なんのためにですか」

「そりゃあ山南さ―――――」

「あ、あのさぁ…」





 山南と土方が問答している最中、平助がおずおずと口を挟む。

 超絶的に機嫌の悪い土方に些か肩を竦めつつも、心に思い至った事を言わずにはおれなかった。

 今、平助が脳裏に思い浮かべているのは、ついこの間の蛤御門の戦いの日のこと。その時の、和輝とのやりとり。




「和輝達、だから出ていったんじゃね?」

「だからってなんだ、平助」




 土方に凄まれ更に首を竦めつつ、平助は必死に言葉を捜した。




「なんていうか、その…和輝達、もうここは居場所じゃないっていうか、いられないって思っちまったんじゃねぇかなって、思ってさ」



 あの日、池田屋で負った怪我のせいで出陣に参加できず、暇を持て余していた平助。山南と何事か喋っていた和輝が話しかけてきて、雑談していたのだが。

 その時、なんの話の流れか、ふいに和輝がこう言った。



『平助ってさ、いつもこんな風なのか?』

『え、こんな風って??』

『あー、なんつぅか…いや、別に責めてるわけじゃないから勘違いするなよ?俺達みたいな怪しい人間とか監視対象を相手に、いつもこうやって気さくなのかってことだ』


 そう指摘されて、ぐ…と黙り込んだ。そこらへんは、いつも土方あたりによくよく注意されていたこと。気を許すなと。千鶴の時もそうだった。

 平助自身も、それは自覚がある。けれど、元々の性分なのかなんなのか、無意識のうちにそういう風になる。

 もちろん、明らかに新選組の敵だったり仇為す様な輩であれば容赦はしない。だが、和輝達は今のところは潔白で咎はなく。



『だから、俺は責めてないって言ってるだろうが。ま、土方さんとかはどうなのか、知らないけどな。でも、俺はそんな平助に助けられてるからさ』

『……へ?」


 思うところがあってグルグル考え込んでいる最中、そんなことを言われて思わず変な声が出た。

 それにまた笑いながら、和輝は同じことを繰り返してきた。


『もしかしたら、平助の立場としちゃマズイのかもしれないけどな。でも、俺がここでそこまで窮屈な想いしないで済んでるのは、こうやって普通に喋ってくれる平助がいるからだ』


 だから、ちょっと聞いてみたんだ…と和輝はそう言った。尤も平助以外に原田あたりも気さくだが、中でも一番純粋にこう接してくれるのは平助だ、とも。

 あの時は、思わぬことを言われて面食らい、曖昧な返事しか返せなかった。和輝が何を意図してそう言っていたのかも、イマイチよくわからなかった。

 だが―――今なら、わかる気がする。



「俺には昨日のこととか全然わかんねーけど、でもとにかく、和輝達には頼るとこがないんだろ?

 それは事実で、そんであいつらのことを知ってやれてるのは俺達だけで………だぁーっ!もう、なんていうのかなぁ」



 上手い言葉が見つからない。ガシガシと、じれったそうに平助は頭をかく。

 拠り所がなくて不安な気持ちなら、平助ととてよく判る。自分がかつて、その経験があるから。

 試衛館に辿りつく前、やむを得ずそれまでの道場を飛び出してきて、行く先も宛先も何もなく放浪していた。そして、今の仲間と出逢って、居場所を見つけたと実感した時、とても安心したことも覚えている。




 和輝達は、今迄一度も弱音を吐いていない。どうやら色々と肝が据わっているようだし、確かに、本人達もそういう気概は抱いていないのかもしれない。

 けれど、己の存在自体が認められないとは、はたしてどんな気持ちなのだろう。

 千鶴だって、唯一の肉親が音沙汰なくなり、女の身で一人、江戸から京まで旅をしてきた。それほど…いや、そうしなければ気が済まないほど、不安だったのだ。


 

 

 そういうのと似たような気持ちを、和輝達も抱いたのではないか。

 拠り所がなくて不安になる気持ちに、齢なんて関係ない。






「俺は、平助の言いてぇこと、なんとなくわかるぜ」





 そんな平助の言葉を受けて、腕組みをしつつ原田も口を開く。





「どんな形であれ経緯であれ、俺達はあいつらにとってこの世で唯一、事情を知った上で存在を認めていた拠り所のはずだ。

 だから、ま、あいつらも不本意ながらも今迄ここに留まって、三者三様でもそれなりに頼ってたんだと思うぜ?

 けど昨日、少なからず俺達はあいつらの存在自体を疑った。未来だとか神隠しだとか、それを信じる信じないは別としてな」





 言いながら、原田も更に考える。

 あの三人は、心理的にその唯一の拠り所を失くした気分になったのではないのか。

 どんな形であれ、何もない己の存在を唯一認めてくれていたところが、そうではなくなった。

 おそらく、さっき土方が言おうとしたように闇雲に連れ戻そうとしても、三人の心はそれを拒否するだろう。





 なんのために?

 連れ戻して何かを吐かせるため?

 確かに、最初はその目的で連行してきたわけだが……だが、その時と今とでは状況が違いすぎる。

 少なからず互いに心を開いている中で、それはあの三人にとってあまりに酷じゃないか?

 はたして、これは甘い考えだろうか。




「土方君。君の言い分は尤もですし、私とて彼らをこのまま放っておこうとは思ってはいませんよ。気になることは、色々とありますしね」



 原田の後に、山南も続いた。

 眼鏡の奥に、いつもの瞳の光を滲ませながら。




「ですが、むやみやたらに、それこそ強硬手段などを行使する必要は、ないと思いますよ。確かに、昨日のお話は突飛すぎますし、信じ難いものではあります」

「………」

「けれど、少なくとも彼ら自身は、その性根は誠実な方々です。我々と初めて相見えた時から、筋はちゃんと通してきました。それは、土方君とて、おわかりでしょう」



 だから、もう一度きちんと話し合うなりなんなり、しかるべき対応をするべきだと、山南はそう言っているのだ。

 土方は腕を汲みながら、やはり、いつものように眉間に皺を寄せて渋面を作っている。

 それに、やれやれ、と言った体(てい)で山南は小さく苦笑した。







 ―――その頃、斎藤は三人の部屋の前にいた。
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