〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱

□16話 伊東一派入隊
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 不思議なもので 誰も図っていないのに

 良くも悪くも 現実に起きたことは全て ただの偶然に非ず


 その時に良かったことが 後にも良いとは限らず
 その時に悪かったことが 後にも悪いとも限らず


 全ては その時々の選択の積み重ねが 為せる業――――


〜* 〜* 〜* 〜* 〜*


 元治元年、9月。

 八木邸の屋根の陰から、なにやら隠れるようにして眼下のその光景を覗いている、怪しい三人組がいた。



「なぁ、あれって―――」

「待て、みなまで言うな」

「すっげぇツッコみどころ満載だぞ、おい」

「なら遠慮なくツッコんでやれ、俺が許可する☆」

「それが出来るようなら新選組はいらん」

「和輝、その理屈おかしい」

「知ってる」

「うーん、なんていうか」

「あれだな☆」

「それだな」

「……」

「……」

「……」




 間。




「「「 オカマか 」」」








「って、え?ありなのか?」

「まあ…考えてみれば、人の性(さが)に時代区分なんて関係ないだろうし」

「……道理で」

「道理だな☆」

「けどさ」

「うん」

「あ?」

「決定的に土方さんと合わない気がするのは俺だけか?」

「「 右に同じく 」」



 ――かくして、この三人の直感は面白いほどに的中する。



 その怪しい三人組とは、いわずもがな、新選組居候にして何がどうしてどうなってか未来からやってきた某三人なのであるが。

 新選組という水面に、新たな一石が投じられたその瞬間を、まざまざと三人は見ている現在。 

 今、屯所の門において、遥々江戸から上洛してきた一行の出迎えが行われている。その筆頭格は局長の近藤勇、そしてその傍らに、総長と副長たる山南敬介と土方歳三が控えているという構図で。



「おお、伊東殿!お待ちしておりましたぞ!」

「これはこれは、局長自らのお出迎え、痛み入りますわ」

「長い旅路でお疲れでしょう。さぁ、まずはゆっくり休んで下さい。案内致しましょう」

「お気遣い、感謝いたします」



 紫色の羽織を纏い扇子を携えた細面の男。彼がその一行の頭であるらしく、その名は伊東甲子太郎。なんの因果か、齢三十と土方と同い齢だ。

 なるほど、彼も彼とて、古参幹部達とはまた違う意味で整った顔立ちの美丈夫のようだ。そして、主に近藤と伊東がその場で談笑している様子をじっくり観察するまでもなく、三人は彼の人となりを把握する。

 というか、先ほどものの見事にハモって言ったその言葉が、まさしく。



「山南さんと平助と同じ北辰一刀流を修めた剣客で、しかも神道無念流にも精通か。それも免許皆伝者の道場主で、平助の直接の旧師」

「みたいだな。そういえば、平助って予定変更してもう数日は江戸にいるんだって?」

「らしいぜ、隊士集めにな。にしても、これまた個性的な野郎が増えやがったな、ここはよ」



 土方や山南から聞かされていた前情報を、確認するように呟く三人。

 実は近藤自身も平助と共に江戸へ赴いていたクチであり、伊東とは既に直に話をしているとか。

 特に同門である山南からは、伊東は凄腕の剣客であるばかりでなく、学問や和歌などの教養にも秀でているなどと、その文武両道っぷりを聞かされている。それも、なんとなく自嘲気味に。

 とはいえ、まぁ、それは肩書きに過ぎないので、それだけでは「へー、そうなのか」ほどしか三人の関心は惹かれないわけで。

 現に今日の今日まで、新選組のメンバーが増えるらしい、という淡泊な認識でしかなかった。

 だが――こうして今、目の当たりにしたところで、その三人の認識は大きく変化した。



「気のせいだったら良いけど」

「あ?」

「和輝?」

「なんていうか、ひと波乱起きそうな予感が否めない」



 いや、人様を外見で判断するのはあまりよろしくないのだが―――和輝のその言葉に、不琉木も和もひとかけらの反論もしなかった。

 この時点で三者三様に、彼のオカマっぽいこと以外の人格を、近藤との会話から察している三人である。

 一方、そんな三人が隠れている屋根の下、そこには近藤以下三役以外の主だった幹部らが、やはりその光景を観察している。



「――あれが、伊東甲子太郎か…」

「ああ、そうみてぇだな。にしても…見るからにひと癖ありそうな野郎だぜ」



 そう呟いたのは、なんとも言えぬ厳しい表情の原田と永倉。明らかに、その目には疑惑の色が浮かんでいる。



「伊東さんは、尊王攘夷の思想の持ち主と聞いているが…よく、新選組に名を連ねる気になったものだ」

「なぁんか、すっごく面倒くさそうなんだけど。僕、あの人あんまり好きになれなそうだなぁ」



 そして斎藤のその言葉が、最も的確にその疑惑の的を得ていた。沖田も沖田で、やはり眉をしかめている。



「長州の野郎どもと、同じ考えってわけか…どうも、きな臭ぇな」

「まったくだぜ。近藤さんは乗り気だが、俺達と上手くやっていけるとは思えねぇな」

「平助ったら、厄介なもの誘ってきてくれちゃったみたいだね」

「…平助を責めても致し方なかろう。あやつはあやつの、やるべきことを為したまで」

「それに、最終的な決断を下したのは、近藤さんとあの野郎だしな」



 こればかりは、誰の咎でもないから愚痴を言っても仕方ない。

 だが、組長を務めあげるだけの頭脳と感覚を持つ彼らのこと、人を見る目やその手の嗅覚には長けている。どうも、なにか匂うというかなんというか。

 そんな、些か重い空気となったその場であるが…



「どうした、気に食わねぇみてぇだな、あのカマ野郎が」



 不意打ちで頭上から落ちてきた声…というか、その遠慮も躊躇も何もない言い草に、思わず原田と沖田が小さく吹き出す。



「おいおい、言いてぇことはわかるが、もう少し声を抑えろや。聞かれるぞ」

「俺がそんなヘマするわきゃねぇだろ☆」

「あははは、カマ野郎ね。うん、それ凄く良い響きだよ」



 既に門付近に近藤達はいない。

 屋根上からスタっと身軽に飛び降りてきた不琉木を筆頭に、和も和輝も屋根上に居たことは、とうに気配で察していた面々である。



「あのさ、はじめ」

「…なんだ」



 トン、と控えめに斎藤の肩に触れつつ、やはり降りてきていた和が話しかける。

 とはいえ、それは斎藤にというより、彼を含めたこの場に居る幹部達に向けてという雰囲気であるが。



「近藤さんや皆の佐幕攘夷と、伊東さんの尊王攘夷って、どこらへんが決定的に違うんだ?近藤さんや皆だって、根底は尊王で、攘夷なのも同じだし…」



 いかに後世において歴史を学んできたとはいえ、各々の派閥の事細かな事情などわかるはずもない。

 この幕末の時代、殊に武士の間では実に様々な思想が入り乱れている。

 尊王攘夷、佐幕攘夷、佐幕開国、尊王佐幕などなど…同じような言葉が微妙に異なる意味合いで多用されているがため、これとこれはどこが違う云々…というのは、とても複雑で明確にし辛いのだ。



 そんな中で新選組はといえば、尊王の上での明確な佐幕派。



 それすなわち、天皇を敬うことを前提とした幕府側の者という意味で、まぁ平たく言えば天皇ならびに幕府のどちらの味方でもあるということ。

 新選組の政治的立場とは、とりもなおさず「京の治安を維持して帝の宸襟を安んじ奉る」という幕命による。
 
 だから、言葉としては尊王佐幕派とも佐幕攘夷派とも尊王攘夷派であるとも言えるという、なんとも微妙なところ。

 そもそも尊王の部分に関しては、未来においてだってごく最近までは天皇とはこの国の民草にとっては神と等しい存在とされていて。

 ゆえにどんな派閥に属していようが、基本的には皆が皆、天皇こと天子様を敬っているわけで。それはこの時代でも然り。



 そして、この時代の彼らが首尾一貫として唱えているのは攘夷。すなわち、外国勢力の撃退である。

 さて、そこで和の疑問。

 つまり、尊王という点でも攘夷という点でも一致していて、おそらくそこで意気投合したから近藤は伊東達を受け入れ、また伊東達は新選組の傘下に入ることを承諾したと思うのだが

 ――近藤はあんな感じだが、幹部達が疑惑を抱いているのは明らか。どこか蟠りがあることを察したからこその、この質問だ。

 斎藤が、暫し黙する。



「あ、聞いちゃ駄目だったか?」

「…いや、そういうことではない」



 事情にただの居候が踏み入って尋ねてはいけなかったか、という意味合いで重ねて問うた和に、しかし斎藤は否と返す。

 そして、束の間の沈黙後、己もまた確認するように説明した。



「…確かに、尊王と攘夷という点で、伊東さんと新選組は一致している。だが、特に攘夷に関してどのように行動するか…つまり、朝廷による攘夷か、幕府による攘夷か、そこの如何が異なる」



 思想的に言えば、そういうことのようだ。つまり、なにをもって攘夷を成し遂げるか…攘夷という目的は同じくしても、そこに至るまでの経緯なり過程の理想が異なるという。

 それに、さらに言えば、伊東は尊王の中でも明確に勤王の立場を示している。



「気になるのは、伊東が幕府をどう思ってるかってとこだな。表だって幕府を敵視しちゃいねぇから、近藤さんも受け入れたんだろうが…」



 そして原田の言う通り、新選組にとって気にするべき重要事項はそこだろう。和の問いに受け答えていた斎藤も、無言で軽く顎を引く。

 昨今、反幕派で超有名なのは主に長州勢力だ。蛤御門の変において御所に大砲をぶっ放すという所業をやってくれた長州過激派は、もう声を大にして幕府をぶっ潰すと豪語している。



 ところが、その長州過激派と同じ尊王攘夷論者の伊東は、しかし、少なくとも表向きは反幕姿勢を見せていない。こうして佐幕派の新選組に名を連ねに来たのが、一応の証拠。

 けれど――近藤はほぼ手放しで彼を歓迎しているが、この面子の中でそういう顔をしている者はいない。

 今は近藤と伊東の傍に居るだろう、土方などは始終仏頂面であった。山南も山南とて、どこか微妙な顔つきで。

 近藤を信用していないわけでも勘ぐっているわけでもない。それでも、手放しで歓迎できぬ何かが、胸中に渦巻いているのを拭えない幹部達である。



 質問をした和を含め、この居候三人組はあくまで傍観者の心持ちだ。彼らの事情に踏み入る気もなければ、感情移入する気も毛頭なく。

 冷淡な言い方をすれば、今回のことで新選組が今後どうなっていこうが、それは彼らの問題であり自分達は関係ないわけで。

 だがまぁ尤も、ここで共に過ごしているのだから、悶着の波が自分達に及ぶ可能性とて否めない。

 そういう意味では、こちらも一応の事情は把握し、上手く立ち回らなければならないだろう。ゆえに、三人も三人とて、彼らの今後は気にはなっている現在。





















 早秋、空の色は夏のそれよりも心なしかくすんでおり、木々の葉も良い具合に色づいてきた季節。

 ――ひと波乱どころかいくつもの波乱が、今後、三人にもバッチリ降りかかってくることなど、誰も知る由もない。
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