〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱

□8話 まさかの幕末バレエ到来
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「あ、一君。おっかえりー」

「おう、斎藤か。巡察は終わったのか」

「…ああ」

「おかえり、はじめ」

「おつかれー」





 なるほど、今は三番組の巡察だったらしい。浅葱の羽織のままの斎藤が、話しこんでいた四人の元に歩み寄る。





「…和(のどか)」

「ん?」

「…考えることは、悪いことではない。それに、あんたは根が素直だ。地道にやれば上達する」





 おそらく、今の会話の一端を偶々通りがかりに聞いていたのだろう。

 とはいえ、それは慰めるというより、ただ淡々と事実を言っているような風情だ。






「んー…そりゃ、やっていけば多少は上手くなるんだろうけど。でも、なにやるにしても時間かかるからさ」





 なにか思うところがあるのか、目に見えて落ち込んでいる和に、いつものことだと苦笑しながら和輝がその肩を叩く。





「小蔵、そういうところお前の悪い癖だっていってるだろ?他人は他人、自分は自分。お前が焦る必要なんてどこにもねえって」

「んー。わかってるけどさ」

「それわかってるって言わない」

「だよなぁ…」






 和が落ち込んでいる理由はもう一つ、そもそもこうやってうじうじ悩む自分に対してだ。

 そしてそんな性格を高校時代から把握している和輝は、彼女が悩んだり焦ったりしてしょうがないのに悩み焦ってしまう自分自身に悩んでいることも判った上で、幾度なくこうしてきていた。

 そんな二人の間柄を読み取ったのか、原田は何気なく質問してみる。






「二人は付き合いは長いのか?」

「えーっと、もう七年?八年?くらいかな」

「まあ、いわゆる腐れ縁ってな」





 腐れ縁、という言葉は元々あんまりよろしくない関係性のことを指したらしいが、ここの場合は逆である。

 そういえばもうそんなに経つんだと、改めて気付いた二人はあっけらかんと笑い合う。

 平助も話に乗ってきた。






「お前ら面白いよな。男と女のくせに、そういう感じがしねーっていうか」

「悪かったな、女らしくなくて」

「!い、いやっ、別にそういう意味じゃねえって。じゃなくてっ」






 和は和で大して気にした風もなく、自分もそう思うと苦笑しているのだが。

 その言葉に平助がたじたじになっていると、原田が助け船を出した。






「つまり、男とか女とか、んな生まれつきの性別なんぞ関係ねえ良い仲に見えるってことだろ?」

「そう!それっ」

「そりゃどうも」






 和輝が苦笑しながら返す。

 いわれずとも二人自身、互いの関係はそうだという自覚はある。

 別に、殊更そういう風になろうと意識していたわけではないのだが、比較的最初からこんな感じだ。






「女らしくなくって、あたしは良いんだけどな。ていうか、そのほうが――」









「…いや、あんたは女だ」







 ・・・・・・・・・・・






「「「「 ――は? 」」」」





 はて今のは誰が言った?と一瞬本気で首を傾げた四人であるが、斎藤に一斉に目を向ける。

 中でも、少しばかり呆気にとられているのは、そう言われた本人で。

 斎藤はと言えば、あくまでいつもの静かな佇まい。






「いや…たしかに女だけどな。動物的に言えばれっきとしたメス」

「ああ、生物学的にな」

「は、一君、どうしたんだ?」

「なんだ斎藤。お前が珍しいこと言うじゃねえか」






 和と和輝が意図を捉えあぐねて首を傾げ、平助がまじまじとその顔を見返し、原田が面白そうに口端を上げる。




「…そういう意味ではない。確かに、雪村とも違い、巷の女子のようでもない。
 だが、あんたは身体が柔らかい以上に、どこかしなやかさと気品を感じる。それは男にはないものだ」

「あ、ありがと…?」


(って、そんなこと今迄言われたことないし。自分でもそんなもの一欠けらもあるとは思ってないんだけど……一体どこを見てそう思ったんだ?)



「よかったじゃん、小蔵」





 尚も内心で盛大に首を傾げている和を、半ばからかうように和輝がその背を叩く。





「…和、この後は暇か」

「何もないと思う」

「…ならば、鍛錬に付き合おう」

「はじめは、いいのか。仕事ないの」

「…大丈夫だから言っている」

「わかった。ちょっと待って」





 去っていく二人の背を、三人は見送る。





「斎藤の奴、最近は暇さえあれば小蔵の剣の指南してるな」

「確かになー。最初は珍しい光景って思ったけど、もう見慣れちまったし。一君、和のこと気に入ったのかな。相変わらずむっつりだけど」

  



 和輝がそう言えば、平助も同意してくる。





「いや、あれは確実に気に入ってるな。尤もそういう手合いのことは意識してねぇんだろうし、斎藤の奴は無自覚なんだろうが
 …ま、俺もわかる気がするぜ。和は根がまっすぐで、こっちの話をいつも楽しそうに聞いてくれるしな」






 先ほど、彼女に対し「そんなことはない」と言った斎藤。

 彼は気休めや易い慰めを言える人間ではなく、だからこそ、淡々としたあの言葉は彼にとっての真実に他ならない。

 つまり、本当の本気でそう思っているのだ。

 そして、あの斎藤が本当の本気でそう思うほどには、和との関係は当初より何かしら変わっているのだろう。







「だよなー。和(なご)むっていうかさ。正直、和輝と不琉木と気が合うっていうのが不思議だぜ?」

「そりゃどういう意味だよ。こっちはひねくれてるってか?」
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