〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱
□8話 まさかの幕末バレエ到来
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オーケストラではない、いたって素朴な音色が響き始めると、徐に和の腕は滑らかに動き始め、すっと脚が伸ばされる。
道場に響き渡るのは、オルゴールの音色と、床を軽ろやかに蹴り着地する和の足音のみ。
踊っている彼女の瞳には、観客の姿が見えているようで見えていない。
時折幹部達に目線をやり、いつにない表情で微笑みかけたかと思えば、どこか別の世界を見ているようにも見える。
くるりと回り、タンっと床を蹴って空中へ跳躍して身体をひねって着地し、そのまま流れるように次の動作へ。
小刻みな動き、ダイナミックな動き。
ゆっくり、早く。
様々な動きを違和感なく組み合わせたその踊りは、この時代の日本人が想像する踊りとはかけ離れたものだろう。
日本の舞踊は、みな基本的には水平方向の動きが多く、重心をしっかり落として地に足がついている。神社の巫女の奉納舞や能などが良い例だ。
一方でバレエは、逆に垂直方向の動きも多く、確かに身体の安定は大切だが重心は上に引き上げる。
飛んだり跳ねたりという動きは、日本の舞踊系にはあまり馴染みのないものだ。
青磁色の衣装に、菜の花色の帯が和に動きに合わせて滑らかに可憐に舞う。
(みんな、どう思ってるのかな…)
和は途中で、ふとそんなことを思いちらりと幹部の顔を盗み見たが…大笑いそうになったので止めた。
幹部達にとって、これはまさに未知との遭遇というべき光景である。
斎藤と平助に至っては盛大に真っ赤になりつつも目が離せず凝視も凝視。
あの沖田までもが珍しくポケーっとしている有様だ。他の面々も多少の差はあれど全く同じ心境。
もはや唖然とするしかない。
パカっと、開いた口がふさがらないとはまさにこのことである。これまた、傍から見ていてなんとも面白おかしい光景だ。
そして一方…
「なんだ、あの皆のマヌケ面っつぅかアホ面。すっげぇウケる」
「これはあれだな、写真かビデオにでも撮って永久保存版だな☆」
「ポケットに携帯でもスマホでもなんでも一つ入れときゃ良かった」
そんなことを本気も本気で後悔している、某二名は内心で爆笑していた。
おそらく、たった一分二分の時間だったろう。
最後に優雅にお辞儀をして、踊りを終えた。
「おつかれー、和ちゃん☆」
「手拭いるか?」
「ありがと」
和輝から手拭を受け取って汗を拭きつつ、未だなにやら茫然としている幹部達に和は近づく。
「えーと、まぁこんな感じなんですけど…やっぱ変ですか?」
皆の反応が歯痒い様な心地で苦笑しつつそう言うと、最初に反応したのは原田であった。
「いや。綺麗だったぜ、和」
「そりゃよかった」
「和っ、あのクルってどうやんだ?教えてくれよ!」
「え、やりたいのか?」
「やっぱり、身体随分柔らかいんだね?正直びっくりしたよ。しかも片足でよくあんなことできるね」
「まぁそれなりに訓練したし」
「………」
「斎藤もなんか言ってやれよ」
「あ、ああ…」
原田にそう言われた斎藤は、しかし、結局その場で何も言うことはなく。
「なぁ、和!もう一回見せてくんねぇか?」
「え、もう一度?」
「それじゃ、今度は別の踊ろうか和ちゃん☆」
「真面目に?」
「てめえら、調子乗ってんじゃねぇぞ!ただでさえ時間割いてんだ、これ以上は駄目だ!!」
「えー、土方さんのケチ!」
「これでしまいだ!小蔵、悪かったな見世物みてぇにしてよ」
「いえ、べつに」
「こっちの都合につきあわせたからな。しばらく休んでていいぞ。結構、疲れそうだしな」
「よく見ていらっしゃる」
「じゃ俺は遊びに行ってくる☆」
「不琉木!てめえはなにもやってねぇだろうが、こっちこい!!」
「どうしよっかな☆」
相変わらずの会話を続ける二人に苦笑しつつ、和は部屋に戻って着替え勝手場へ向かった。
そこでは千鶴が、昼飯の準備をしているところであった。
「あ、和さん」
「千鶴ちゃん、お湯ってある?」
「あ、はい。でも、お水のほうがいいのではないですか?暑そうですけど」
「確かに暑いけどね。でも元々、胃腸弱くってさ。冷たいものあまり飲めないし、こういう時こそ温かいものの方がいい」
「そうですか。ちょっと待って下さいね」
湯のみを渡してきた千鶴。
どことなく何か言いたそうな雰囲気なのを察し、和は「どうした?」と聞く。
「いえ、その…あたしも、和さんの踊りをみてみたかったな、と」
「そんな大層なもんじゃないって」
「そ、そんなこと!」
「ん、ありがとな。じゃぁ、今度機会あったら、千鶴ちゃんにだけ見せてあげる」
「ほんとですか?!」
「うん」
思わぬ約束を一つして、和は勝手場を後にした。
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