〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱
□12話 想い
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「なぁ、絶対ぇ今頃、土方さん怒鳴り散らしてるよな」
「知らね☆」
「はじめ、あれに気付くかな…」
「ん?何か言ったか小蔵」
「いや」
「しっかし、朝っぱらから良い運動してるなー、すっげぇ健康的☆」
「持久走1キロ何分だった?あたし3分40秒くらい」
「俺は3分10秒。つか、朝のマラソンは冬にやるもんだろ」
「3分30秒☆ま、そこはドンマイ」
「まぁマラソンは別に良いけどな。それにしても」
和輝がちらりと後ろに目を向ける。
「「「 しつこい/けぇっっ!!! 」」」
「おい、俺達ってマジで不逞浪士探査機なのか?」
「「さぁ?」」
「不琉木。お前さ、顔が広いのはいいけど、ここまで広くしなくてよくないか」
「知るか。あっちが勝手に覚えてやがっただけだっての。俺は無罪☆」
「ていうか、こっちのどこが新選組に見えるんだろ」
「さぁ。つか、新選組も結構恨み買ってんだな」
「そういう時代だ。仕方ねぇ」
「道理で。けどほんとこの状況笑えない」
「いやもうさっきから絶賛ヤケで笑ってるけどな」
「そこはツッコまない方向で」
この三人、呑気に喋っているようでいて、実は結構な早さでずっと走り続けていた。彼のマラソンの時でさえ、ここまで真面目に走ることはないだろう。
が、いかんせん、命がかかっているのだから仕方ない。
仕方ないが……そろそろ、うんざりしてきている三人である。
三人の左手には、昨夜の雨で増水し流れが激しくなった川がある。
「おい、ずっと北に走ってっけど、どっかで道変えた方がよくないか」
「じゃ、あの橋渡るかー」
「楽しそうだな不琉木」
「にしても、市中は焼けて隠れるとこないし、厄介なもんだな」
「これを究極の鬼ごっごという☆」
「「言うかッ」」
鬼ごっこのほうがどれだけマシだろう。
だが、こうも冗談でも言っていないとやってられない。
昨夜、縁側にいた和が部屋に戻って暫くした後、三人は部屋の裏手の窓から抜け出し、塀をよじ登って屯所を出た。
そして適当な場所で朝を迎えたは良いが、何故か、見知らぬ浪士二人組に追いかけ続けられる羽目に陥っている現在。
どうも屯所での出入りが激しい不琉木が、新選組関係者として目を付けられたらしく、まぁつまりは、昨日不琉木に怪我を負わせた浪士の仲間らしい。
まったく、朝っぱらからこんなに走り回ったのはいつの時以来だろう。お陰で眠気は全て吹っ飛んだ。
断じて言うが、三人の意識としては逃げ出したつもりはない。傍から見れば、そうとしか思えないだろうが。
そもそも、だ。
程度の差こそあれ、自分達は身元不詳者として警戒されていたのは自覚しているし、
全てを正直に説明しようとしまいと、疑いが決して晴れることはないことも、
新選組にとって自分達が異分子であることも、言われずとも始めっから承知していたことだ。
かくいうこっちも、今迄生きていた時代とは別の時代でやっていくため、偶然知り合った者達のところへ仕方なく身を寄せていただけ。
それでも、曲がりなりにも一緒に過ごしていれば、互いに少しは情が湧くもので
確かに、お互い心許していた部分は僅かでもあったのは事実。
けれどそれは、ほんの些細なことで崩れ去るほど脆い間柄でしかない。
自分達はその危なっかしい綱渡りを、なんとか凌いできたにすぎず。
その自覚があるから、皆のあの眼差しにも態度にも、とやかくいうつもりはない。
おそらく今後はもう少しは自由が制限されるだろうし、皆これまでのように親しくしてこないだろうことは明々白々だが
例えそうだとしても、抗議する気はなかった。
抗議したところでどうする。時間体力気力の無駄だ。やるなら抗議なんて生ぬるいことなどしない。
確かに、自由が利かないのは不便だ。はっきり言って窮屈以外のなにものでもない。
けれど、そもそも慣れ合うつもりは、あっちもこっちも皆無なのだ。そう、たとえ少しの情があったとしても。
三人は己の存在がなんたるものかを自覚し、それに対する皆の態度も受け入れていた。
もちろん、言いなりになって大人しくするつもりがあるかと言えば、ない。
とはいえ、現時点で今後の行動を決めているわけでもなく。少なくとも、何も言わず逃げ出すような真似だけは、選択肢にないわけで。
だから、実のところ
こうして出てきた理由は、当の本人達さえよくわからない。
ただ、足が外に向いていた。
「ん……?」
「なんだ和輝」
「いや……なんか、身体重くなってないか?」
「なんだぁ、もうくたばったのか☆」
「そういうことじゃない。こう、少し浮いてる感じがなくなったっていうか」
「そうか?あたしは何も変わらないけど」
そう言いながらひたすら走り続ける三人。
ところが、三人が比較的大きな橋の欄干に差しかかった時、
和輝に異変が起きた。
「……っ!?…ぐ…っ………!」
そのまま、和輝がドタっと派手な音を立てて転ぶ。
「「和輝?!」」
二人が急いで駆けよる。浪士達は、すぐそこに迫っていた。
「な…っ!」
「これもしかして暗器?!」
見れば、和輝の足首に太くて大きな針のようなものが突き刺さっていた。大した出血はしていないが、刺さった部分が変色している。
どうやら、浪士から飛び道具を発射されて見事に命中したらしかった。
まだまだこの時代に疎い三人のこと、暗器などという言葉は知っていても、知識はその程度。具体的にどんな代物かははっきり分からない。
「ちっ、毒かよ!」
忌々しそうに吐き捨てながら、不琉木が即座にそれを引き抜く。
だが、傷口は小さくとも、毒は既に回り始めているようで。和輝は立ち上がれないらしく、苦しげに眉を潜めている。
即死するような毒ではないことは救いか。
「手間取らせやがって……覚悟はできているのだろうなぁ?」
追いついた浪士二人が、三人を挟みこむように、じりじりと寄ってくる。
その手には、当然のことながら抜き身の刃が握られていた。
対して、今の三人には竹刀一本さえ持ち合わせていない。あの晩よりも劣勢だ。
おまけに、不琉木は怪我を負っていて本調子ではない。
けれど、その不琉木の表情は悲観にくれているのでも、諦めているのでもなかった。かといって、いつもの不敵な笑みを浮かべているわけでもない。
「―――おい和輝。死ぬときゃ諸共だ。怨むなよな?」
その不琉木の声は
この時代にきてからどんなに理不尽な目に遭おうとも、どれだけ散々なことを言われようとも
決して見せることのなかった、静かな“怒り”。
だがそれは
目の前の浪士達にと言うより、
その向こう側にある、目に見えぬ何かに対するもののようである。
「ああ……今更、だな」
「和ちゃんもな」
「知ってる」
和輝が苦笑しながらそう応え、和は敢えて素っ気なく返事をする。
立ち上がれない和輝の両側に、和と不琉木は互いに背を向ける恰好で、
今直ぐ斬り込んでこようとしている浪士に対峙した。
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