〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱
□12話 想い
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「貴様……っ」
刀を奪われた浪士が激高する。
「農民上がりが武士の魂たるそれに触るなど……汚らわしい」
「下郎は下郎らしく、糞でも食んでいればいいものを」
「ふん、我らに太刀打ちできると思っておるのか」
浪士の手には大太刀、和と不琉木の手には小太刀。それに、二人は素人だ。気配でわかるのだろう。それが浪士の気を大きくさせる。
そもそも新選組をかなりなめているらしく、その表情に浮かぶは絶対の自信。
「そいつぁ、よっぽど自信があるみてぇだな」
心なし、ゆっくりとした口調でそう言い放った不琉木。奪い取った小太刀の切っ先を、少し半身にした身体の前で構える。
棒術や槍の心得はあっても、剣に覚えはない。
だが
――なめるなよ――
不思議なことに、彼女には隙がなかった。
姿勢も構え方も剣術のそれとは若干違い、一見なにも知らないド素人に感じるが
浪士は内心で、隙を見つけようと歯噛みしている。
はたして、それは、剣に覚えはなくとも多少なりとも武術に覚えがあり、尚且つ少しは闘いというものの経験があるからか。
「下剋上、って知ってるか?」
挑発するように、不琉木が浪士を見据えながら口を開く。
「知らねえはずはねぇよなぁ?てめぇらが、こうして生きていられる世の中を、身分の底辺から這い上がって創った奴らがいたってことをよ。農民上がりだ?―――上等じゃねぇか」
構えた切っ先が、陽を受けて鋭利に煌めく。
一方、不琉木の後ろでは、同じく和が小太刀を構えている。
浪士から片時も目を離さず、脳裏ではひたすら、斎藤に教わったことを必死に思い出していた。
『剣とは、己の分身。同時に、己そのものでも、ある』
『頭、胴、腕、脚…それら全てが繋がっているように、その手にとった剣もまた、一体であらねばならぬ』
『相手がいくら強そうに見えても、それに呑まれるな。静かな水面の如く、常に平常心を持て』
構えは中段。
他に下段、上段など色々あるようだが、今まで和が斎藤に教え込まれたのは中段のみ。
何度も何度も、指南の手初めには、必ず徹底された姿勢だ。
その意味を今、和は切実に感じていた。
(落ち、着け……)
正直言って、自分が実践で上手くやれる自信は皆無に等しい。
当たり前だ。今迄、自分が生きていた時代はこの時代とは全くことなり、しかも社会情勢などまるっきり違う。
長い時の歴史から見れば、たかが150年。だが、されど150年だ。
たった150年、その間に凄まじい勢いで近代化し数多の戦争を経て経済大国になったこの国の、最先端の時代に生まれ落ちた自分は、あまりにもひ弱。
今だって、全身が震えそうになるのを無理やり抑え込んでいるのだ。
殺されるかもしれないことへの恐怖というより
生まれて初めて握った真剣に、分不相応だという思いが募ってやまない。
浪士がじりっと二人に近づき、それに緊張が張り詰めた刹那――
「てめえら、そいつらに手ぇ出すんじゃねえっ!!」
聞きなれた声が、三人の耳に届いた。
「三人とも。下がっとけ。俺が一発で仕留める」
追いつくなり、すぐさま槍を構えた原田。斎藤も追いつき、抜刀しようと腰に手をかける。平助も同様。
確かに、彼らならば可能だろう。事態収拾のためにも、おそらく任せた方がよほど効率が良いに違いない。
けれど、それを承知していて尚、不琉木も和も、微塵も退く気はなかった。
「抜くな、はじめっ!!」
「……?!」
斎藤が更に駆け寄ってこようとするのを感じ、視線を動かさぬまま和は一喝した。
「その刀、こんなとこで使っちゃ駄目だろ」
今、斎藤が手にかけている真剣は――他でもない、和が大火の中にあって絶対に手放さなかったあの太刀だ。
浪士たちは突如現れた原田達に、幾分気が散漫になっていたが、尚も二人に斬りかかる頃合いを見計らっている。
「―――― その剣は、大事な人達に恩を返して、大切な仲間の居場所を守るためにある…はじめは、そう言ってた。
だったら、こんな得体の知れない人間のために、使っちゃ駄目だ」
「な……にを…」
「もう、あたしは、はじめの傍に行けないと思うけど…剣を教えてくれて、感謝する。お陰で――」
少なくとも、むざむざやられっぱなしでなくて済みそうだ。
死にたくなんて全くないが、だが無傷と言うわけにもいかないだろう。
それでも、短くとも指南してくれた日々がある。
(はじめが、教えてくれた剣は……)
柄をしっかり握り、浪士に向かって正眼に切っ先を向ける。
誰かを傷つけたいわけじゃない。
それでも、守りたいものがあるなら、この手に刃を取らなければならない。そうしなければ、生きられない。
真剣を握るということは、人を斬るということ。それ以外のなにものでもない。精神鍛練など、ただのお題目に過ぎない。
ここは、そういう世界。
それを教えてくれたのは、彼だ。
それが正しいか間違っているかなど、どうでもいい。
人を殺める覚悟などできているとは言い難い自分が、この真剣に不相応なのは百も承知。
それでも
ただ、今この時
少なくともこれが、確かな選択だということ―――
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