〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱

□16話 伊東一派入隊
2ページ/6ページ


 この日の午後、伊東を筆頭にその部下達は旅路の荷を運びこんだり、宛がわれた部屋の整理などで慌ただしくしていたようで。

 そうしてやっと一息ついたらしい夕刻、あくまで偶然であるが、広間の近くを通りかかった和輝はその会話を耳にする。



「ひとつ、確認しておきたいことがある」

「あら、なんでしょう」

(土方さんと伊東さん…それに、他の皆もいるな)



 特に聞き耳を立てようとは思っていなかった。だが、そのまま歩き去ろうとした和輝は、しかし次に聞こえてきた土方の言葉に足を止める。

 どうやら彼らは、改めて自己紹介などを終えたところのようだった。



「そちらは尊王攘夷ならびに勤王思想で有名だが、それは長州の謳う大義名分と同じだ。だが、この新選組に入隊するということは、佐幕に転じると考えて良いのか?」

「おいおいトシ、伊東さんとは既に意気投合しているんだ。そんなふうに勘ぐらなくったって良いだろう?」

「いや、その場に俺達はいなかった。だから、ここで改めて聞かせて貰いたい」



 いつもより若干、丁寧な口調ではある。けれど、土方もやはり、疑念があるのだろう。警戒心がありありと滲み出ている。

 和輝が足を止めたのは、ほんの無意識だ。けれど、土方が問い質している点については、気になっていた。

 無論、しつこいようだが彼らの事情に踏み込む気も何もない。が、和輝も和輝とて、あの山南と論で渡り合うくらいの頭のキレを持っている。ゆえに、必然的に気になっていた。



「佐幕である新選組がお持ちの考えと、尊王攘夷論が相容れないとは、わたくしは思っておりませんわ。それと、禁裏に発砲するような野蛮な長州と、我々を混同されるのは心外ですわね」



 周囲から見て違和感のないよう、声が聞こえる程度に離れた壁際で、和輝は伊東の言葉を一言一句、頭に刻み込む。

 やはり、彼は独特の口調を持っているようだ。それに、良いか悪いかは別として、どこか人を惹きつける喋り方と風情もある。



「わたくし、頭の悪い人間は嫌いですの。いかなる理由があろうとも、天子様に向けて発砲するなんて、正気の沙汰とは思えませんわ。そんな野蛮人とわたくし達は違う。

 それに、これは近藤局長とも既に意気投合していますけど、そちらが敬う将軍の家茂公ならびに会津公とて、天子様のご信頼の厚いお方。

 でしたら、その傘下にある新選組と我々が、相容れないはずがありませんもの。いかが?」



 なるほど、一端にしろ、これが伊東の考えか。

 広間からは改めて彼の意見を聞いた近藤が、やはり伊東殿はこの新選組にとって大きな力になってくれるに違いない、などと言って喜ぶ声が聞こえる。

 どんな表情をしているかは知れないが、土方はとりあえず、伊東の言葉を承諾したらしい。

 しばらくそこに佇んでいた和輝は、その場をゆっくり離れつつ、考える。



(確かに、弁の立つ人みたいだな。理路整然としてるし、頭のキレも良さそうだ。けど…)



 なんだろう、この妙な引っ掛かりは。確かに、伊東の言っていることは筋が通っているし、どこも矛盾している部分はないのだが。

 暫しグルグル考えて、ふと思い至る。というか、これは先ほど、斎藤や原田も言っていたことではあるが…



(今の幕府に対する考えは、言ってなかったな…てか、もしかして上手くかわして言わなかったのか?意図的に)



 …だとしたら、伊東は論が立つばかりか話術の達人だ。とはいえ、自分が気付いているのだから、土方や他の幹部も察しているだろうが。

 これも良いか悪いかは別として、ああいう手合いの人間は未来にもいる。妙に人を惹きつけるカリスマ性があって、巧みな話術を持つ求心力を纏う人種は、いつの世にもいるようだ。

 本当に、なんだってここの上層幹部には、こうも個性的なメンバーが揃っているのだろう。しみじみ、そう思う和輝であった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ