〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱

□16話 伊東一派入隊
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 その頃、土方はもう史上最高と言っても良いくらい、イライラムカムカと不機嫌を露わに廊下を歩いていた。

 その元凶は言わずもがな、ついさっき近藤と共に出掛けて行った伊東甲子太郎その人。



 直接対面する前に話に聞いていた時点で、どうもきな臭い感じはしていた。

 尊攘思想家で強固な勤王派というのは、世間一般的には幕府と敵対しているからだ。そんな人物が、なぜ明確な佐幕派の新選組に…そう思うのは当たり前だ。

 だが、平助の旧師で確かに剣も論も立つと有名なのは事実、近藤も嬉々として迎える気満々、また現実問題として新選組には更なる隊士の増強が必要で。

 加えて、初日に本人が言っていたように、あの理屈でいけば思想的に相容れぬこともない。土方とて、そこまで頭の固い人間ではないから、それはわかる。



 とはいえ――非常にこの上なく全くもって気に食わない。もうその一言しか頭になかった。



 思想云々は、どうでも良くはないがこの際どうでも良い。平助や近藤を責めるつもりは毛頭ないが、正直言って伊東のあの人柄や態度や視線の全てが我慢ならない。

 特に、山南の精神にかなり負担になっている。本人は生来の穏便さで対応しているが

 …そも、伊東の役職が参謀としたのもマズかったかもしれない。だが、こればかりは近藤が既に江戸で約束してしまっていたから、どうにもならなくて。



 山南は腕に剣客としての致命傷を負ってから、どうにもこうにも扱いが難しくなってしまった。

 このままではいけないと思いつつ、試衛館以来の付き合いである自分たちでさえ手をこまねいている状態。そこに、伊東の登場で更に拍車がかかっているという、悪循環だ。

 ただ、そこに関して土方は一縷(いちる)の望みを、とある人物に見出していた。あまり公言はできないし、本来ならこんな情けないことはないのだが――



「…うん?おい、斎藤、一体ぇどうしたんだ」



 ふと。廊下の先に斎藤を見つけて、土方は声をかけた。

 いや、正確に言えば声をかけたのは、何故か彼に横抱きされている和に向けてでもあるが。



「ひ、土方さん…」

「…副長、山崎は今、屯所に?」

「山崎?ああ、ちょうどさっき、戻ってきたところだが――…!」



 傍から見ればいつも通りの斎藤、しかし付き合いの長い土方には、彼が珍しく渋面で尚且つ些か焦っているのが丸わかり。

 訝しんで何気なく和に視線を移して……土方もまた、それに絶句した。

 だが、次の行動は早かった。すぐさまひと声、山崎を呼びたてる。



「こいつは一体ぇどうしたんだ」

「はい、実は先ほど――」



 斎藤の説明が進むにつれて、土方の眉間の皺がより一層深くなってゆく。

 そんな中、ただごとではない雰囲気の土方の声を聞きつけたのか、まずどこかにいた和輝に原田に永倉、続いて不琉木に千鶴に沖田も集まってきて。



「……っ、和さん…!!」

「ちっ、やっぱ和ちゃんの方にもいやがったか」

「うわ、この子にまで手ぇ出すとか、命知らずだねぇ」

「“も”とか“まで”って、おい不琉木に総司、一体ぇ何があったんだ」

「おいおい、なんなんだ、この手形はよ」



 千鶴も和の手首を見て小さく悲鳴を上げ、不琉木が盛大に舌打ちし沖田も沖田とてこの反応。

 それに、事情の知らない原田や永倉が険しい顔をしながら尋ねる傍らで、既に色々察しているらしい和輝は黙して何か考えている。

 やがて直ぐに山崎も来て、ある程度の事情を聞いてから斎藤をそのまま促す。それに、他の面々もついていくが――



「―――っ!」



 すぃっと、和輝がその深緑色の視線をあらぬ方向へ鋭く投げた。土方も気付いたようで、その場に二人が残る。

 暫くして――



「――ここ数日、雪村含めて俺達、なんか監視されてるっぽいんだよな」

「なんだと…?」

「ああ、確かだ。んで、その相手は確実に…な」



 斎藤から話を聞いた後なので、それだけ聞けば土方には十分であった。

 彼も彼で気配に鋭い人間、けれど副長という立場ゆえ、殊に最近は部屋に籠っていることが多い。だから、斎藤や和輝にこう言われるまで事の次第に気付かなかったのだ。

 どうやら、伊東が引き連れてきた部下あるいは同門の者達が、表向きには小姓扱いの居候四人に接触している様子。

 和輝も先ほど、やはり接触したらしく、その時に言われた言葉を総合して考えた結果、どうもこうも居候四人をダシにして主に古参幹部に難癖をつけているようだ。



「伊東さんが指示しているのかどうかは知らないけど…」

「はっ、最初っからそんなことだろうとは思ってたぜ。大方、俺達のことを“田舎道場出身の集まり”とでも貶してるんだろう」



 聞けば、それは今までも散々言われ続けてきた罵詈雑言らしく。

 新選組の核となっている古参幹部達の殆どは、近藤が受け継いだ試衛館の出身。

 ただ剣術などの流派に関して正確に言えば、全員が全員同じではなく、それなりに多様ではあるのだが…試衛館の剣術が天然理心流であるがため、世間では皆が皆そういうイメージを持たれることが多いとか。



 そしてその天然理心流、実はそこまで有名な流派ではなく。むしろマイナー流派。



 剣術の流派で有名なのは、「技の千葉」である玄武館の北辰一刀流、「力の斎藤」である練兵館の神道無念流、「位の桃井」である士学館の鏡新明智流の三大。

 ゆえに、試衛館ならびに天然理心流は「いも道場」だとか「田舎剣法」と馬鹿にされることが多いようで。



 そう、伊東達はまさしくその三大の内の一つ、北辰一刀流に属する。彼らは彼らなりに、自身の流派に誇りと自信を持っているのだろう。

 だから、もしかしたら伊東についてきたとはいえ、新選組をよく思っていない者の方が多いのかもしれない。



「あのさ、聞いちゃいけない事だったら答えなくて良いんだけど。なんだって隊士募集に江戸を選んだんだ?江戸以外にも色々あるだろ?」



 暫し黙した土方。だが、どうやら聞いても良い範疇らしく、一つ溜息をついてから答えてきた。



「近藤さんが、隊士を集めるなら江戸だっつって譲らなかったんだよ。あの人の中では、東国出身の奴が腕も立つし気骨もあるってぇ妙な信念があってな」



 それはなにも、自身が東国出身だから…という精神論ではないらしい。

 彼の池田屋事件の折り、中でも特に活躍した隊士を見ると、その殆どが東国出身者だったらしく。そこで、なにやらそういう実感を持ったとか。



「なるほどな…にしても、とりあえず、この空気を平助が戻ってくるまでに、ある程度どうにかしたいとこだな。真面目に」



 そんな和輝の言葉に無言の土方、しかしその沈黙は、どうやら同感と言っているようで。

 今のこんな状態を平助が見たら、彼のことだ、責任を感じて落ち込むだろう。

 伊東達の入隊とそれに伴うこのゴタゴタは、彼のせいではない。平助に苦い思いをさせるのは避けたいわけで。



「伊東さんは常陸国出身、んでもって水戸と縁ありか…水戸って言えば筑波山で挙兵した天狗党だよなぁ。しかも確か潔癖の尊王攘夷派で、現在進行形であっちこっちで暴れてたような
 …そこと通じてるって可能性もあるのか、もしかして。だとしたらやっぱり…あーでも、攘夷派だからっつって討幕とも限らないし…」



 とりあえず、思いつく限りの疑問をブツブツ言い連ねてゆく和輝は、思考の淵にハマって一人、グルグル考え始めてしまっている。

 単なる素直な疑問を呟いているだけで、何に誰に何かを打診しているつもりは、全くなく。

 歴史に関して詳しいのは和であるが、大学が筑波山のある茨城県なために、一時期興味を持って調べたこともあり、その周辺のことはある程度知識があるのだ。

 呟いている内容は既にこの時代でも過去の出来事ゆえ、そこに関して遠慮は皆無。

 そんな自分のことを、土方が些か驚いたように見ているのには、気付いていない。



「そこまで考えてるとはな…」

「――うん?今なんか言ったか?」

「いや」

(ったく…こいつが本当に間者だったら、敵には回したくない奴だな)



 踵を返しつつ、ふとそんなことを思った土方は。そんなことを思った自分に、今度は苦笑するのであった。
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