〜真珠ひとしずく〜破天荒三人組と新選組の時空奇譚 壱
□16話 伊東一派入隊
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〜* 〜* 〜* 〜* 〜*
西日が差してきた刻限、その部屋には二つの影があった。
「んーっと……あの、はじめ?そんな心配しなくても、これはしばらくすれば消えるし、いつものことだから」
「………」
(駄目だ…効き目ゼロ)
はて、この状態は一体どうしたものか…と、そう内心で呟きつつ、先ほどから声をかけている和だが。相手はひたすら無言でどうしようもない。
和は今、自室にて布団の上に座っている。
まさかこの時刻から眠る気も起きず、かといって起きだして部屋を出ようものなら、某何名かに強制的に連れ戻されること請け合い。それは何も憶測ではなく、実際にさっき、現実化したことだ。
まったく、みんな揃ってどうしてこうも過保護なのか。今回は別に吐血したわけでもなく、確かに手首は鬱血しているが、これくらいどうってことはないのに。
一方の斎藤、昼間に和をここに運んできて、その後はとりあえず己の仕事に戻っていたのだが。
時間が出来たようで、一人、この部屋を訪ねていた。そこで声をかけて以降、ずっと布団の傍らに無言で正座というこの状態だ。
今は包帯が巻かれているので見えない、和の手首にある紫色の痣を見つめるように、視線を落としていた。
無意識なようだが、労わるようにして、その武骨な手を細心の注意を払ってそこに添えている。
『ある意味、持病なんです』
この紫色を見たのは、これで二度目。一度目は、腕試しと言う名の無謀な試合をさせた結果、彼女が吐血してしまった時。
あの頃に、幹部全員、ある程度は本人から説明されていた。
その時の、あっけらかんとした声が耳奥に甦る。
『病名は、長すぎて忘れましたけど。えぇっとほら、人って傷とか作って血を出しても、とりあえず塞がるものですよね。
治癒力っていうのか…でも、あたしの場合、時期によって、それが極端に弱くなるようで』
『で、その証拠が紫斑とか痣です。特にあれが手首とか足首に出てるときは、怪我しても血が普段より止まりにくいみたいで。
この間は偶然、そうなってた時に気付かないで、試合しちゃったとか、間抜けな話で』
大したことはない、いつものことだから…と和は済ませていて、それが誤魔化しや嘘とは思っていないが
――この紫色は、幾度も血の雨を浴びている身であっても、思わず息を飲むほど生々しかった。
血には見慣れているのに、これは一生かかっても見慣れることはないだろうと、斎藤はそんなことを思う。
『生まれつきです。だから、どうしようもないのでこのまま。
普段、身体動かすのはなんの問題もないみたいですけど、もし脳内出血したらほんと危ないので、斑点ある時は用心してます。でも、まぁじっとしてるのは性に合わないし――』
その体質ゆえに、出血しやすく止血しにくい。根本的な原因も解明されておらず、確固たる治療法も薬も何もないと
…そう説明する和は、どこも悲観じみた風情がなかった。まるで他人事のように。
「…すまん」
「いや、だから何ではじめが謝るんだ。それに、どっちかっていうと、謝るのは―――……」
「…和?」
この数日、伊東についてきた者達の動きが、どことなく怪しいとは思っていた。
その動きが何たるかまでの確実なものはなかったにしろ、事態を未然に防ぐことが出来なかったことは、こちらの責。
ところが、それに対してなぜ謝るのかと、そう言ってきた和の様子が、ふいに変わった。
けれど、訝る斎藤のその視線に気付いたのか、ふるりとその首は横に振られる。なんでもないと、いつのもように微笑んで。
だが、斎藤の目は誤魔化せない。その水色の瞳、その深淵に、渦巻くなにかが見て取れた。
それでも、それを問い質すことはしない。おそらく、尋ねても和は答えない。
「…安静にしていろ」
そう言い置いて静かに立った斎藤は、部屋を出る。そうして足を向けた先で、探すまでもなく見つけた二人の元へ歩み寄る。
「斎藤?どうかしたか」
「和ちゃんのとこ、いたんじゃねぇのかよ」
和輝と不琉木だ。内一人は珍しく深刻な顔をして、揃ってなにか話し合っていた様子。
「小蔵がどうかしたか?」
斎藤の様子から、今度は的を絞って、同じような質問を和輝が重ねる。
そしてややあってから、言葉少なに伝えられたその内容に、二人は顔を見合わせた。その一瞬に、二人の間でなにやら考えが一致したらしく…
「よし、斎藤ちょっと来い」
「…!?」
和輝が問答無用と言わんばかりの勢いで、半ば強制的に斎藤の腕を引っ張った。その少し先を、不琉木が少しテンション高く歩いている。斎藤としては、なにがなにやら。
辿りついた先…というか、斎藤としては舞い戻ったと言う方が正しいのだが。
不琉木が「和ちゃーん☆」と言いながらスパンと開け放った部屋は、まさしく和のいる部屋。斎藤が疑問を口にする前に、和輝が小声で素早く耳打ちする。
「気配の一切を殺してここに立って聞いてろ。良いな」
なにゆえ、などと言っている暇もなく。和輝もまた、不琉木に続いて部屋に入って行ってしまった。
辺りに人はいない。常日頃の習慣というか癖もあり、自ずと気配を殺す恰好で斎藤がそこに立っていれば。
当然のことながら、三人の会話がダダ漏れなわけで。
「ほぃ和ちゃん、レッツ暴露ターイム☆」
「え゛」
「小蔵、そこに溜めこんでるもん洗いざらい全部言え。とりあえず言え。支離滅裂でも何でもいいからとにかく吐け。ほら」
「え、ちょ、ま――」
「「俺らが逃がすと思うか?」」
「……思わないデス」
「だろ☆諦めろ」
「ていうか誤魔化せる気がしない…」
「今更だな。何年腐れ縁やってると思ってる」
「ですよね…はぁ」
…なんだか、部屋の中を見ずともどんな光景がそこにあるか、ありありと想像できてしまう。
「――…なんか、“またか”って、思って」
「っていうと?」
「あのさ…前に、あたしが幼い頃、普通の人達が視えないモノが視えるって、話したと思うけど…」
「ああ、カミだかアヤカシだか精霊だか、そういうもんな」
「うん…それで、なんか色々言われたりっていうか、イジメ?みたいなことも」
「言ってたな、覚えてるぜ」
「ていうか、前と繰り返しなこと聞いてて、二人ともイライラしないのか」
「和ちゃんがこういう時に説明下手で饒舌になるのは今更だ。いいからいいから☆」
「う゛……で、さ。別に、信じて貰えなくても、良かったんだ。視えないものを、居るって言っても、わからないのは仕方ないし
…でも、なんか、あたしがそんなだったから、周りの子達、木とか花とか色々、故意に傷めつけたりして
…それで、痛がってるから止めてって言えばもっと酷くなって――あたしが何しても何をしなくても、駄目で」
「ああ、なるほどな。それで?」
「…自分が痛かったりするのは、嫌だけど、まだ良くて、でも、なんか自分が居るだけで何かや誰かが悪くされたり傷つくのが
……悔しいっていうより、悲しくてさ…ああ、またかって思ったっていうか…」
「「“また”?」」
「――さっき、伊東さんのお弟子さんに色々言われた時、また自分の存在が仇になってるなって、思って
……そりゃ、全部が全部自分のせいとか、そうは思わないし、あの時になに言っても多分、あんまり意味なかったのも、わかってる。でも…」
「でも?」
「もし、自分がここにいなければ、こういうことにはならなかったのかなとか、考えても仕方ないことやっぱり考えちゃうんだよな…
二人はこうやって聞いてくれるけど、多分、傍から聞いててイラってすること、考えちゃう。ほら、こうやって結局は自分のことしか考えてないしさ」
「まー人間そんなもんだろ。つぅか、相手の事ばっか考えてるとか、そういうことほざく奴の方が胡散臭ぇしよ」
「つか、小蔵の場合はちょっと違うぞ。思考回路がド壺にハマり過ぎて、そういう言い草になってるけどさ」
「要するに、あれか?和ちゃんは意図していねぇのに、世話んなってるあいつらの仇になりかねない自分がどう行動すりゃ良いのかとか、それがはてしなく確かな答えのねぇもんだから悩んでるんだろ?」
「…いつもながら的確な要約と解釈をありがとう」
「で、その目はまだなんか言いたそうだな?」
「う゛ー…なんか、どうしようって」
「うん?」
「さっき、はじめに嫌な思い、絶対させたし。でも、さっきは咄嗟に“ごめん”とか言ったけど、なんか謝るのも違うというか、むしろ失礼というか…どうしよう……」
「嫌な思いって、なんだ、和ちゃんなんかしたのか?」
「なんかしたっていうか、むしろ何も上手くできなかったというか……でも、今落ちついて考えても、自分に何かできたとも思えないしなぁ…」
す、っと部屋の障子戸が開く。どうやらこの後は不琉木に任せたらしい和輝が、佇んでいる斎藤を無言の視線で促し、部屋から離れた。
「補足説明するけどさ」
やはり人気のない場所を選んで立ち止った和輝が、独り言のように話し始める。
「聞いての通り、あいつは幼いころ、一般人には視えないモノが視えていたせいでイジメられてたんだ。
あいつにとっては、視えていたモノは大事な“友達”って感じで、でも自分が仇になって“友達”が傷つけられたことを物凄く後悔してる」
「……」
「どうも、その時と昼間の事が、あいつにとっては重なって見えたみたいでさ。また自分が仇になってる、ってな。
あいつだって、全部わかってるんだ。何を言っても何をしても仕方がないし意味がない状況で、全てが自分のせいではないことも。
それでも、小蔵は悩んで悩んで悩みまくって、挙句に全部溜めこむ。だから俺と不琉木は強制的に吐かせた。今迄みたいにな」
悩みが解決するか否か、そういうことは問題ではない。
とにかく、支離滅裂でも要領を得なくてもトンチンカンでも何でも良いから吐かせる。
「じゃないと、あいつは精神的にも体力的にもいつかぶっ倒れる。必要以上に自分を卑下したり責めてるわけじゃないけど、あいつの性格上、自分でもどうしようもないくらいド壺にハマるからな」
「…なにゆえ、俺に彼女の言葉を、聞かせたのだ」
己はおそらく、踏み入ってはいけないと――少なくとも、まだ己はその立ち位置にいないからと
…そう思ったからこそ、彼女と付き合いの深いだろう二人に声をかけ、それとなく彼女の抱えている蟠りを解いてくれるよう、進言したのだが。
それに、今も、なにゆえ和輝はそんなことを己に話しているのか――斎藤は訝る。
ちなみに言っておくが、この斎藤、今ここに何らかの特別な気持ちがあるかと言えば、それは皆無である。
言葉以上でも以下でもなく、態度以上でも以下でもない。
はたして、直接的な答えは返ってこなかった。
「言っておくけど、あいつは斎藤だから言わなかったんじゃないぞ。ああやって強制的に吐かせなけりゃ、誰にも言わない奴だ。今のところ、な。それと――」
にっと、どこか不敵な笑みを浮かべた和輝は。斎藤に歩み寄るなり、また、耳打ちする。
「小蔵のこと、頼む」
そうしてそのまま、和輝は何もなかったような風情でさっさと立ち去って行った。一方の斎藤としては、やはり、何が何やらという風情でいるしかない。
和輝がなにを意図して言ってきたのか、それは全くわからない。が――ふと、思う。
なにゆえ彼は、ああいう目をしているのだろうか、と。
それは、和と不琉木もそうだ。あの三人は、その瞳の奥に、言い知れぬ何かを抱えているような気がしてならない。
これは、なにも今になって思ったことではなく。言うなれば、出逢った当初から、なんとなく感じてきたもので。
出自のことを抜かせば、一見、ごく普通に見える。
性格は三者三様でそれなりに個性的、しかも揃って予想外にも豪胆ではあっても、それはただの個性であり、その意味では特筆するものでもなく。
だが、あの目はずっと気になっていた。これまで、剣を振るってくる中で様々な人間と接触してきたが、ああいう目をした者はいない。
一体、世の中のなにを見てきたら、あんな目になるのだろうか。おそらく本人達は無意識――いや、無自覚だからこそ、なのだろうが。
あの、何でもない風の外見からは信じられぬほどの、強固な意志と深みのある色を宿す瞳。
ひとたび踏み入れば、そこには果てしなく深い何かが潜んでいるような――彼女達の瞳には、そんな風に思わせる何かが潜んでいる気がしてならない。
それに、今の和輝の言葉も、なんでもないように聞こえたが…どこか、底知れぬ懇願の響きが、滲み出ていたような――
(――――!)
反射的に、斎藤は物陰へと身を潜める。いや、別に不必要に隠れることもないのだが。
どうやら、周辺を案内していたらしい近藤と案内されていた伊東が、帰ってきたらしい。
二人は和気藹々と、談笑しながらあちらを通り過ぎてゆく。特に伊東の独特の笑い声が、辺りによく響く。
昼間のこと、全てが伊東自身の画策なのか否か、それはまだなんとも言えない。弟子達の勝手な行動である可能性も、大きい。ゆえに、まだ確かな判断は出来ない。
けれど、なんとかせねばならないのは、どうあっても必須。今頃、事情を聞いている土方も、色々考えていることだろう。
そうならなければ良いとは思うが、残念ながら、己の勘はこれが単なる前触れに過ぎないことを語っている。
それでも――これ以上、誰かが傷つくような事態だけは防がなくては。
そう考えながら、斎藤もまた、その場を静かに立ち去った。
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