テニスの王子様 夢物語::世界は彩どりに包まれて::

□金茶色
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お気に入りの、年代物のカメラを持って不二周助は山道を登っていた。
気の向くままにシャッターを切る。なので登山というより散歩という感じだ。
前に来た時は春らしい淡い色彩だった山は今、初夏の新緑など鮮やかな色彩に包まれている。


「自分の街なのに、知らないところって案外あるんだよね」


振り返って眼下に広がる街並みを眺める。実家はあそこ、学校はこっち、と確かめて、今度は後ろに見える朱色の鳥居を見上げた。
実際、あまり有名でないことは確かだ。役所のパンフレットにだって載せられているか怪しい。この道もかつては参道だったのかもしれないが今は獣道だ。
だからこそ、彼女達はああして住んでいるのだろう。鳥居や注連縄がなければただの古民家である。


「街の風景ならば、ここが絶好の撮影“すぽっと”だぞ」


あの日、せっかく新しい場所を知れたのだから、いつかゆっくりカメラでも携えて散策してみたいな、と思いながら山道を下った。
だから別に、会おうと思ったわけじゃない。何より今日は平日なのだし仕事だろうと。開校記念日で不二達は休日だが。
都大会を制し全国大会を控えた今、休日を返上して練習に励みたいところだが、そこを敢えて休みを言い渡したのは顧問の采配だ。


「誰か来るような気がしたが、君だったか」
「ーーなにしてるの?」
「木に登っているが」


まさか居るとは思わず、それも遥か頭上から舞い落ちてきた声に驚いて振り仰ぐ。
薄桃色の満開の花が見えたのは幻想で、花は既に散り他の木々と同じような新緑が生い茂っている。
そこに隠れるように、藍色の袴姿で太い枝に腰掛け、こちらを見下ろしている静かな瞳と目が合った。


「もしかして剪定?」
「あぁ」
「その格好で?」
「鍛錬の後にそのままだったからな」


足を掛けるところなど見当たらないのに、一体どうやってそこまてま登ったのだろう。千年を超えるという老樹はなかなかの高さだ。
そんなことを考えているうちにあっという間に降りてきて、シャリン、という鈴鳴りに不二は我に返った。


「ところで、学校は良いのか?」
「あぁ、実は今日は開校記念日で休みなんだよね」
「そうか。余計なことを訊いたな」


つらつらと他愛ない言葉を交わしつつ、不二はなんだか不思議な気分だった。
これでも今度もし会ったらどんな風に接しようとそれなりに考えていた。本人が気にしないとはいえ敬語の方が良いか、とか。
だが、実際に会ってみれば驚くほど自然と話せている。桔梗の雰囲気も相まって、細かいことはどうでも良い気がした。


「この前から思ってたけど、それっておまじない?」
「よくわかったな」
「なんとなくね」


不二が指さしたのは、桔梗の左手。三つの鈴がついた赤色の紐が掌や指の間を縫うように絡められている。


「赤色も鈴も古来から破魔に通ずる。加えて、紐を手順に則って左手に結ぶことで簡易的な結界を作り出す」
「へぇ、面白いね」
「と、こむずかしく理屈を捏ねてみたが、根拠も効果もよくわからん。気休め程度の願掛けだ」


くるくるとテキトーに結ばれているように見えて妙な美しさを感じたのはやはり、結び方にそれなりに意味が込められていたかららしい。
普段は「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と毎日、二人にやっているのだという。つつがなく健やかであれと願いを掛けて。


「写真、撮っても良いかな」
「あぁ、構わない」


良い被写体が沢山あるので訊けば快く頷いて、むしろ案内してくれた。
自前らしい裏手の小さな畑には野菜と雑草が仲良く育っていて、山菜や木の実を採る山の中は空気が本当に心地良い。



「手を、見せて貰っても良い?」


袴姿で丁度良いと頼み込んで鍛錬の様子も取らせて貰ってから、不二はかねてより気にしていた興味を口にする。
誰かを理解する時、糸口となるのは様々あるが、掌を見れば相手がどんな人間なのかよくわかるものだ。
思えばあの日、およそ巷の女の子らしさのない豆だらけの小さな手を直に触れた時から、不二は桔梗のことをどんな意味にしろ気になっている。


「君はおかしなヤツだな。手くらい、許可を取らずともいくらでも見れば良いだろう。なんなら触ってみるか?」


あ、こういう風に笑うんだ。不二は思わず見つめる。どうかしたか?ともう既に戻ってしまったが。
これはどちらか、リョーマというよりこちらも本当に時々しかお目にかかれない、手塚の静かな微笑に似ていた。
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